第289話 辞世の句


前回から『G』の根城と化した家庭科室。

その前でグダグダやってる部員たちは誰が犠牲になるかで揉めていた。



「や、やっぱり百合ひゃくあ先生が言ってた通り、一日寝かすものアリなのか……?」


「ワタシは家の鍵入ってるからムリッ!」


「じゃあ、南雲さんは突入班ですわね」


「先輩が行くなら私もお供します! 自分たちのカバンだけ持って帰りましょう!」



この協調性の無さから導き出される結論は、突入した人間しかカバンを取り返せないという事だ。

誰かの為にカバンを持ってきてあげようなどという献身的な心は一切ない。



「やれやれ……これだから野蛮な突入班は困るわ。私たちはあなたたちの反応を見てから今日突入するかどうかを決めるわ」


「流石はお姉様ですわ!!」


「いいの? 今ここでのんびりしている間にも、西宮さんのカバンの上でヤツが

這いずり回ってるかもしれないんだよ?  それはもう大運動会だよ?」



「「「…………」」」



再びやれやれ系の主人公を演じる西宮は髪の毛を結んで気合を入れる。



「……さっさと行くわよ。手遅れになる前に」


「わ、わたくしもお供しますわ!」


「あ、アタシも!! 大運動会だけは絶対にイヤだ!!」


「流石は先輩!! 人心掌握能力がしゅごい!!」


「さぁ、力を合わせて頑張ろう!!」



――チラッ。



バラバラだった部員たちが今、ようやく一つの方向を向いている。



「……いや? 行きませんよ? 行きませんけど!?」



「倒せとは言わないから! 前線に出るだけっ! おねがいっ!」


「盾役じゃないですか!! 嫌ですよ!! 私は別に入る理由が無いんです!!」


「でも、守りたいものはあるじゃない」


「……?」



西宮は自らの胸に手を置いてそっと目を瞑った。



「――ここに」



「はーい。退路は確保してますからねー。早く行かないと大運動会ですよー」


「「「「「ひッ……」」」」」



こうして百合の説得に失敗した突入班は早急に5人で突入する事になった。



***


「おらぁッ!! ゴキブリがなんぼのもんじゃーい!! 出てこんかーい!!」


「~~~ッ!?」


「先輩、先輩!! 出ちゃってます!! 言ってはならない名前出ちゃってますよ!!」



勢いよく扉を開けてダイナミックエントリーをした突入班はお互いの背中をカバーしながらハンドガン殺虫剤を構える。

しかし、ここで早々に問題が発生した。



「い、居ないのだけど……」


「そのパターンは想像してませんでしたわね……」


「え、何これ。アイツらまさか、アタシらの方から探せって言ってんの?」



突入したは良いが『G』の姿も『アシダカ軍曹』の姿も見えない。


『はい。じゃあ良かったですね。カバンを回収していきますね』


そうはならないのだ。

居ないなら居ないでそれは怖すぎる。

万が一、カバンを持ち上げた際に物陰で2匹が乳繰り合っていた日には意識を持っていかれる可能性も十分にある。


少なくとも大運動会が開催されている訳では無い今、すべきことは念入りなクリアリングである。



「床ヨシッ」


「床ヨシ了解!」


「天井ヨシッ」


「天井ヨシ了解!」



「いや、5割無駄な会話だぞ。2人2組なんだから別のとこ見ろよ」



少々チームプレイに問題はあるものの、家庭科室の操作はあらかた終わった。


……が、見つからない。


最後に残されたのは皆のカバンが置いてある机である。



「発砲許可を」


「カバンが汚れてしまいますわ!」


「杏樹。カバンは汚れるけど安全確保をするか、潜伏している可能性のあるカバンを手に取るか……どっちがいい?」


「鉄砲隊構え。殺りますわよ」



――シューーーッ!!



カバンとその隙間に念入りに殺虫剤を散布する5人。

ひと時の静寂が流れた後、カバンを奪還しようと近づいた。

全員ゴーグルとマスク、軍手をつけて臨戦態勢を取る。



「行くぞーッ! い、行くぞーッ!?」


「下がってる、下がってる。全然腰引けてるから」


「仕方ないわね。ここは私が行くわ。……行くわよッ!!」


「え……机が。 ……遠ざかってますわ!?」


「いや、君のお姉様が遠ざかってるんだよ。日和ヒヨってんだよ」



もはや埒が明かないので南雲の掛け声で全員同時に行くことになった。

半身で一歩ずつ、一歩ずつ。

顔を引き攣らせながらも遂にその時は訪れた。



「せぇい!! 確保ーッ!!」


「6面点検ヨシッ!!」


「わ、私のカバンには異常ナシッ!! ですわ!!」


「良かった……これで姉貴の手を汚さなくて済む!」


「自分で洗いなよ。良かった私のカバンも無事だ……」



しかし、不思議な事に結局『G』も『アシダカ軍曹』も居なかった。

本当にどこへ行ってしまったのか。

もうこれ以上は探したくはないが、その行先だけは気になった。


5人が家庭科室を出ると、廊下で百合が横たわっていた。



「どうしたの百合先生っ!?」


「脈を計るわ! し、〇んでる……」



西宮は百合の胸を鷲掴み……するほどは無いのだが、鼓動で生存を確認した。

百合の死因を推察する美保はある結論に辿り着く。



「状況的にさ。アタシたちが勢いよく突入した時に入れ違いになったんじゃね? 

足元のカバーとかガバガバだったし」



「「「「あー……」」」」



思い返してみると南雲の掛け声の後に、声にならない謎の声があった。


『~~~ッ!?』 (←これ)


多分あれが百合の辞世の句だったのだろう。



「バカね……一緒に突入していればこんな事にはならなかったのに……」


「そうだよ……ホラー映画でも孤立した人から死んでくんだよ……」



そっと黙禱捧げる5人。

養護教諭の万里愛衣ばんりあいにLIMEした後、部員たちは百合を廊下に転がしたまま帰宅した。



***


その後、全員自宅で念入りにカバンを洗い、この件は一件落着となった。

めでたしめでたし。



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