第283話 パーフェクトクローザー


観戦組の5人がちょくちょく離席している間に6回の表が終わっていた。

6回裏の先頭打者は9番の木原きはら

ネクストバッターズサークルには東堂が控えている。


現在のスコアは0-1なので、仮にこのまま点が入らなくても7回表を抑える事が出来たらゲームセットとなる。


東堂の前に出来れば出塁したい木原はバットを短く持って粘れるだけ粘ったが、無慈悲な五味渕の前に最後は見逃し三振となった。



「ごめーん、東堂!」


「ううん! ナイスファイト!」


「後は任せた!」



こんなひたむきな少女たちをねじ伏せていると思うと普通は胸が痛くなるが、五味渕にそういう感情は一切ない。彼女が興味を持つのは幼気いたいけな少女だけである。


続く東堂は本日3打席目。

このままノーヒットで終えるつもりは無く、静かに闘志を燃やしている。


相変わらず五味渕も東堂に対してだけ120km/hのストレートと速度差が30km/h以上あるチェンジアップで幻惑してくる。

それでも僅か3打席で対応する東堂も凄まじく、2ストライク3ボールまで粘った。

そこからも巧みなバットコントロールでカット打ち(意図的にファールにする打ち方)しながら甘い球を待つ。


ハイレベルな攻防に思わず観客も手に汗を握った。


そして遂にその時は訪れる。



――カキーンッ!!



ホームラン性の当たりではないが二塁手の頭を越す綺麗な右中間ヒット。

二塁まで走った東堂は小さくガッツポーズをした。

打った球速は120km/hと表示されている。



「きゃあああぁ! あーちゃんカッコイイぃぃぃ!! あーちゃ……ごっほ! ごほ!! あーちゃ……」


「落ち着け」



泣いて咽るほど歓喜に震える南雲に北条はお茶を渡した。

全東堂ファンはスタンディングオベーションである。

まるでホームランが出たような雰囲気だがスコアは変わっていない。


現在1アウトなので2、3番と怖いバッターが続き、4番には一ノ瀬が控えているという大チャンスに球場は大いに盛り上がる。

しかし、2番の土方ひじかたはあっさりとゴロ、3番の日暮ひぐらしも内野ゴロ……


と思った瞬間、奇跡的に家庭科部のエラーで繋がった。

これにより、2アウト一、三塁で4番一ノ瀬が登場である。


大歓声の中、五味渕が投じた初球、



――『球速121km/h』



遂に一ノ瀬にも全力投球し始めた五味渕。

しかも、今日最速のストレートである。



「あ、あの女。この場面でも一切の忖度無しね……」


「どんどん家庭科部が悪役になって行きますわね」



2球目はとんでもないキレのスライダーを繰り出し、あっさりと2ストライク。

一ノ瀬は流石に東堂のようなカット打ちも出来ないので狙い球を絞った。


3球目は見せ球のライズボールが内角から外れた。これは狙い球ではない。


4球目、



(……来たッ!! チェンジアップ!! ……って、思ったより遅ッ!?)



3球目との速度差に驚きながらも狙っていた外角のチェンジアップを無理矢理引っ張った。

フェアゾーンのギリギリで三塁手のグラブを弾き、その間に俊足の東堂は本塁をタッチしていた。

2アウトだったので打った瞬間にスタートを切っていたのが大きかった。


東堂に向けガッツポーズする一ノ瀬とそれを見て笑顔でガッツポーズを返す東堂に2人のファンは発狂している。

これは薄い本も厚くなってしまうかもしれない。


ちなみにセンターの十河は誰も見てない所で舌打ちをしていた。


続く月岡が三振に倒れたものの、これでスコアは0-2。

試合は運命の最終回へと突入する。



***


顧問兼監督の海瀬うみせは最終回、ピッチャーを地主ちぬしに変更した。

そのまま東堂でも良かったが、実戦でも地主が使えるかを試したかった。


……お忘れかと思うが、これは練習試合なので。



「監督ッ……私の事を忘れてるかと思ったぜ……」


「何言ってんだよ。私が忘れるわけないだろ? 舞台は温まってんぞ」


「パーフェクトクローザー地主、行って参りますッ!」


「点数入れられたらぶっ飛ばすからな?」



地主は9番の木原と交代し東堂は木原が守っていたショートに入る。

相手の打順はクリーンナップの3番から。


地主は元エースだけあって100km/h近いストレートを軸にライズボール、ドロップを使い分ける本格派だった。


だが、しかし。


何球か投げた所でタイムを取って太齋を呼び出した。



「なんかコース厳しくない?」


「え? 東堂ちゃんは投げれるのに? もしかしてビビってる?」


「は? ビビってないし。どこでも構えろし」



そしてインコスースにビタビタに投げようとした結果、地主はデッドボールを出した。

これにはすかさず太齋も声を掛けに行く。



「は? 私あんなとこ構えてたっけ? どこに目付いてるの?」


「いちいち煽りに来んなや。今ので肩は温まった」


「クローザーなんだから温めてから来て? ソフトボール舐めてる?」


「お前に言われたかねぇよ! はよ帰れ!」



もちろん慰めの言葉ではなく煽りにきただけである。

だいたい2人はいつもこんな感じである。


そして続くバッターは4番の五味渕。

またも舐めプなのか最初からバントの構えである。

太齋はバスターバントの可能性も考慮したが、それで内野を抜かれたなら仕方がないと割り切った。


ところが、五味渕はそのまま絶妙なバントをして瞬間移動のように一塁を駆け抜ける。

どのみち対策不能なチート持ちだった。

これでノーアウト一、二塁というピンチである。


球場は『まだ大丈夫やろ』みたいな穏やかな雰囲気だが太齋はもの凄く嫌な予感がしていた。

この5番バッターである十河はさっきからホームランしか狙っていないのだ。

東堂の球に振り遅れている感じがしたので、あまり地主にはストレートを投げさせてくないところだが……



~~サイン中~~


(ドロップから入ろう)


(舐めんな。ライズボールだろ)


(じゃあ外せ)


(いーや。ゾーンで勝負だ)



中々サインが決まらない中、地主がストライクゾーン高めのライズボールを投げる。


(行くぞ、太齋ッ! 私の伝説はここから始ま……)


――カキーーーンッッッ!!!!



「あ」 (←十河)


「あっ」 (←地主)


「「あー……」」 (←東堂&一ノ瀬)



「「「「…………」」」」 (←観客)



「おい」 (←太齋)



まさかの十河、逆転3ランである。

ソフトボール部の勝利で丸く収まりそうな所をかき乱す一閃。

打った十河もめちゃくちゃ気まずい。


青筋を浮かべた海瀬は守備位置変更でピッチャー交代を告げる。

一ノ瀬に交代して地主はレフトの守備についた。

交代間際、海瀬から地主に喝が入る。



「地主ぃぃぃテメェゴラァ!! 先輩の投球よく見とけェ!!」


「ひッ、ひぃぃぃ! さーせん!! 一ノ瀬先輩、お願いしやすッ!!」



***


その後、一ノ瀬は3人でピシャリと抑えたが、7回裏の下位打線は五味渕からヒットを打てず3-2で試合は終了した。



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