第282話 涙で作った握り飯


現在試合は4回裏が始まるところ。

未だスコアは0-1で接戦が続いている。


ちなみに、両投手がここまで撃たれたヒットが2本でフォアボールは出していない。

まさに熱い投手戦が繰り広げられているのだが、こういう場合は試合時間が短くなる。

実際に今回もまだ試合開始から1時間くらいで、女子ソフトボールは7回までなのでこの試合は2時間は掛からないペースである。


とは言え、北条からしたらそこまで興味は無いので、6回裏の攻撃回だけ見れたらいいかなというスタンス。



「優。俺ら球場の外を散歩してくるけど、どうする?」


「次の回もあーちゃんの投球を応援するね! 2人で行って来てー」


「南雲。お前たまにはいい事……あたっ!」


「敬称をつけろ。じゃあ、ちょっと行ってくるわ」



尚、西宮は汗を掻きながら四方堂におでんをふーふーしながら食べさせていた。

四方堂も汗を搔きながら幸せそうにもぐもぐしていた模様。



***


球場の外に出た北条姉妹はライブや出し物をなどを遠目で見ながら散歩をした。

最終的には西宮たちと同様に出店を見て回る。



「姉貴! アタシもおでんふーふーされたい!」


「俺はしたくない。夏だぞ? 気温を考えろ。やってるやつは頭おかしいだろ」


「じゃあかき氷食べさせて!」


「自分のペースで食った方がよくね? 溶けるぞ」


「ぐぬぬ……あぁ言えばこう言うな……じゃあなんだったら食わさせてくれんだよ!」


「なんで俺が怒られてんだよ。そうだな、例えば……」



北条は食べさせるのが楽なものか、美保が諦めてくれそうなものを探す。



「お。フライドポテトとかどうだ?」


「えー……なんか食べさせてもらってる感が無いというか……自分で食った方が早いというか」


「いや全部自分で食った方が早いんよ」



反応が芳しくないので別の候補を探す事に。


(お……? おぉん? なんだこれ。絶対西宮が考えたやつだろ……)


北条が見つけた屋台の看板には『家庭科部名物ッ!聖人の涙で作った握り飯ッ!』と書いてある。

屋台の横にはモザイクが掛かっているもののどう見ても百合聡美ひゃくあさとみの等身大ポップが置いてあった。

ちゃんと看板の下の方には『※写真はイメージです。』と注釈されている。

本人の許可がない事は明らかだろう。


まぁ確かに、日常的に百合を泣かせている家庭科部の名物には持ってこいだが、あまりにも不憫な百合に北条は心の中で西宮に代わって謝罪した。


しかし客はそんな百合の苦労など知らず、面白いからか旨いのからかは知らないが結構人が並んでいる。



「美保。あれなんてどう?」


「なにな……に? ……なにこれ? 百合先生の涙で握ったって事?」


「写真はイメージだから」


「姉貴以外のやつの涙で作った握り飯なんて食いたくねぇけどな」


「お前いま言ってる事相当キモいぞ」



流石の美保も顧問の涙の握り飯は食べたくないようで、北条は最後の一押しをした。



「あれなら食わせてやったのになー。やー、旨そうなのに残念だぁ(棒)」


「ぐぬぬ……本当は食べさせて貰いたかったけど、わかった!! じゃあアタシがアレ買ってくるから姉貴に食べさせる!」


「あ、ごめん。全然いい。その気遣いは要らん」


「待ってて、姉貴に美味しい握り飯食わせてやるからな!」



だいたい北条が調子に乗って棒演技する時は碌な事にならない。それは西宮で証明済み。

こうして、北条姉妹は原材料が分からない謎の握り飯と『聖人が捏ねたクッキー』をお土産として買って行った。



***


北条は観客席に戻ってお土産を渡す。



「こっ、これは……!! よくよく考えてみたのだけど、聖人が捏ねたから何? って話よね」


「お前が言うな。 ……でもなんか結構人気だったぞ。なんでかは知らんけど」


「流石はお姉様!! これは聖人ビジネスのチャンスですわね!!」


「そろそろ百合先生を労わってやれ……」



お土産も全員に渡したところで、北条にそろそろ現実と向き合う時間が訪れる。

聖人が流した涙で作った握り飯を頂く事に。



「……ちなみに、流石に涙は入ってないよな?」


「当たり前じゃない。入ってたら提供は出来ないわよ」


「だってさ。良かったな、姉貴。ほら、あーん」



一番重要な部分が分かったところで、安心した北条は口を開ける。



「あ。でも、涙の成分は再現して入れてあるわ」


「きっっっっっっしょッ!!!!」


速攻で口を閉じた。


「はッ!? なんでそんな事した!? きっしょッ!!」


「斬新なアイディアかと思って。安心しなさい化学的に再現しただけで他人の涙ではないわ。ほぼ塩水よ」


「いや、無理無理! そんな言われても全然無理だわ!」



一転、生理的に受け付けないレベルになってしまった握り飯だが、当然廃棄する訳にも行かない。

食品ロスに配慮出来る美保はここで天才の発想披露した。



「南雲ー。お握り食べてー。姉貴が半分要らないってー」


「そうなんだ。じゃあ貰うね(パクッ)」


「あっ、おい……!」


「あんがと(ニタァ)」



北条の制止は遅く南雲は握り飯を食べてしまった。

邪悪な微笑みをする美保は姉の口元に握り飯を差し出す。



「南雲だけ人柱にするのか? ほら、姉貴。あーん♡」


「ぐっ……くぅ、あ……あーん!!」


「え、ちょっと待って? ワタシは一体何を食べちゃったの……?」



***


その後、事実を知った南雲に西宮がぶん殴られた。

ただし、今回に関しては西宮はほぼとばっちりである。



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