第281話 空包は2発、実弾は10発


気分転換に球場の外に出た西宮と四方堂。

2人は手を繋いで軽く屋台を見て回る事にした。



「ガブは何か食べたいものとかある?」


「お、お姉様が食べさせて頂けるのですか?」


「いいわよ」



四方堂は何が良いかを思案した結果、



「おでんがいいですわ!!」


「……この夏日に? そもそもあるのかしら?」


「探してみましょう!」



結論。あった。


汗を流す店主が熱々のおでんを器に入れてくれるのは新鮮な感覚だった。

容器はコンビニと同じもので、持ち歩きやすいように袋もつけてくれた。



「お姉様は何か食べたいものとかありますか?」


「うーん、特に……いや、今見つけたわ」



そう言って西宮は視界に入ったベビーカステラの店へと向かった。



「みんなにこれを買って行くわ。12個入りを3つ。それと……このロシアンベビーカステラを1つ」


「はい! ありがとうございます! からしを入れるのは1個で良いですかー?」


「そんなのも決めれるのね。ふむ……じゃあ10個で」


「じゅ、10個!? ほぼ当たりですけど、大丈夫ですか……?」


「大丈夫。私が食べるものではないから。あ、そうだ。油断を誘う為に普通のやつは上に置きなさい」


「か、かしこまりましたー……」



その後、ペットボトルのお茶やらコーヒーも買って2人は球場に戻る事にした。

一体西宮は誰にロシアンベビーカステラをプレゼントするのだろうか……!?


まぁ、そんなに引っ張るほどの事ではないとは思うが。



***


西宮たちが帰ってくるちょっと前。



「はい、姉貴。チラチラ南雲を見ない。試合に集中しろ」


「その体勢のお前にだけは言われたくねぇよ!」



現在、場所取りの為に美保は北条の膝枕でベンチに寝転がっている。

場所取りと言うのは口実で完全に美保がやりたかっただけである。

ちなみに北条は隙あらば南雲と手を繋ごうとしていた。



「いやぁ、良くない。良くないな。南雲、席変われ」


美保は姉の隣ではなく、自身の足側へと南雲を誘った。しかし、


「んー? 美保ちゃんと変わればいいの?」


「んなワケねぇだろ!!」


「よし、美保。変わるぞ」


「ヤだ!! アタシは絶対にこの場所を守り抜く!!」



いつの間にか守るべき場所は変わっていた。

そうこうしているうちに西宮たちが戻ってくる。



「どういう状況ですの? 美保。場所取りご苦労」


「おう、杏樹。今ちょっと取り込んでるからもう一周してきていいぞ」


「結構ですわ。わたくしなんと今からお姉様に熱々おでんをふーふーして貰いますので!!」


「はぁ? こんな夏日におでんなんて売ってるワケ……」



スッ。



「あんのかい!? あ、姉貴! アタシも熱々おでんふーふーされたい!!」


「お前らの思考が分からん」


「あなたたちにもお土産あるわよ」



そこで西宮はしっかりとロシアンベビーカステラを北条に渡した。



「おー! ベビーカステラだ。ありがと、西宮さん」


「いいのよ」



バレないように邪悪な笑みを浮かべる西宮。

まさかこの後、自分が究極の2択を迫られることになるとは露知らず……



***


「姉貴、あーん」


「自分で食えるから」


「茉希ちゃん! あーん!」


「……ん(パクッ) ……うまい」


「ずるずるずるずるずる」



これはラーメンを啜っている音ではなく、美保が駄々を捏ねる音である。

流石に気まずくなった北条は美保にも餌をあげる事にした。



「はいよ。あーん」


「(パクッ) うん! うまい!」


「優も……あーん」


「(パクッ) んー! おいしいね!」



この時、西宮は北条のこの行動をまじまじと見ていた。

と言うよりは、北条がいつ当たりを引くのかを見届けようとしていたのだ。


……しかし、北条は自分をガン見している西宮を見て勘違いをしてしまった。



「ほら。お前も食いたかったんだろ? 食わせてやるよ。口開けろ」


「……!?」



西宮は冷静に考えた。

最近やったショットガンでロシアンルーレットをするゲームに見立てると現在の状況はこうだ。


初期状態は空包が2発、実弾10発。


南雲と美保の反応見る限り彼女たちは空包を引いた。

つまりは残りは実弾が10発。

ゲームなら迷わず相手に撃つ場面だが、現実はもっと複雑な状況だった。


当たるか・当たらないかではない。

当たるのはもう確定として、食べるか・食べないのかの2択である。



(そうね……これは、バレたくないから食べるだけ。私は、たとえからしが入っていても『あーん』されたいだとかそんな卑しい女ではないわ)



切れるだけ免罪符を切っておいた西宮は口を開いた。



「あ、あーん……(パクッ)」


「ほい。どう? うまいか?」


西宮は口を押えて涙を流す。


「お、おいひぃわ……」


「そ、そんなに食いたかったの!? 自分の分もあるんだから食えよ!」



しかし、これを見た四方堂もまた決意を決めていた。



「北条さん。私にも一つ頂けないかしら?」


「えぇ? いや、全然良いけど……ほい」



一応言っておくと、おそらく分かってて食べる方がキツい。

彼女たちは完全にからし受け入れ態勢の口を作って出迎えているので感覚が鋭敏になっているのだ。



「が、ガブッ……!」


「お姉様ッ……!」


四方堂もベビーカステラを食べて涙を流し、西宮と抱き合う。


「どういう状況なんだよ……まぁいいか(パクッ)」



***


その後、北条にぶん殴られた西宮はベビーカステラのからしを取り除いておでんに使ったそうです。


ちなみに北条は確証を得るまでに2個食べたらしい。



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