第280話 四番の一振り


一回の裏が終わり、二回表。

先頭は四番バッターの五味渕麻里奈。

先ほどの所業により観客からは冷ややかな視線が送られていた。


球場の空気はともかく、家庭科部の中では一番警戒すべきバッターなのは間違いない。

東堂と太齋はより一層気合を入れた。


東堂は一回表でストレートかライズボールを投げたので、ここはまだ見せていない落ちる変化球『ドロップ』を投げる事にした。

なんとも言えない威圧感を放つ五味渕に対する一球目――



「「ッ!?」」 (←東堂&太齋)



東堂が投げる瞬間、五味渕はまさかのバントの構えに移行。

綺麗に三塁側に転がした彼女は見事セーフティバントを成功させた。



「よ、四番がバント……そりゃ読めねぇよな……」


「ていうか、勝ちた過ぎじゃない?」


「あの女はどれだけ業を背負うつもりなのかしら?」



これ以上下がらないと思った球場の温度は限界突破している。

五味渕麻里奈の怒涛の激寒プレイに観客は凍死寸前である。

両チームの初ヒットが四番のセーフティバントという何とも言えない形になった。


続くバッターは唯一の純正家庭科部員の十河灯。

バッターボックスに入る前のアピールは南雲にガン無視されていた。


五味渕の足の速さなら長打が出れば一点というそこそこのチャンス。

それなりに怖いバッターだが……



「ふんッ!」 (←1ストライク)


「ふんッッ!」 (←2ストライク)


「ふんんッッッ!!」 (←3ストライク)



全力フルスイングでHRしか狙ってなかった。



「アホだな」


「アホですわ」



そして気付けば何故か五味渕は三塁まで盗塁していた。

細かい説明は省くが、ソフトボールは野球よりも盗塁の難易度非常に高い。

しかし、五味渕はどうみても消えているようにしか見えないくらい速かったのであまり関係なかった。



「ココこそバントで良くない? 当てれば五味渕さんで一点じゃん」


「いやまぁ……一応五番打者だからバットは振らせてやろう?」


「ここでバントで一点入れたら学園での家庭科部の地位が危ういわよ」



ところが、西宮の懸念を知らない残りの家庭科部チームは全員バントの構えを見せた。

着々と家庭科部に対するヘイトは集まってきている。

これに対して東堂はライズボールを上手く投げてバントを転がさず処理。

結局、ランナー残塁で二回表は終わった。


そして二回裏。


ソフトボール部も四番、一ノ瀬が打席に入る。

舐めプクソ忍者こと五味渕の一ノ瀬の評価が分かる一球目――



――カキーンッ!!



「おおっ!?」


「え、大きいですわよ!?」



右中間のフェンスに直撃した一ノ瀬のヒットは三塁打となり大歓声上がる。

同じく三塁まで進んでいた五味渕とは雲泥の差である。

一ノ瀬のお陰で会場は再び熱を取り戻した。



「初球のストレート狙い撃ちって感じか。 ……だとしてもすげぇな。115km/hを打ったのか」


「背負ってる物が違うよ。ワタシたちは今しかないから」


「そうよ。私たちはあなたたちと違って楽しい夏休みを迎える事はないの」


「お前らは勉強しろ。名シーンみたいな言い回しすんな」



赤点組の活躍に思わず南雲と西宮の胸もアツくなる。

彼女たちはあと2週間ほどで突入する地獄の補習編まで限りある今を楽しむしかないのだ。


続くバッターは月岡。

当たり方によってはゴロでも一点ある場面だが……こちらはなんとスクイズ(バントでランナーを返す事)を成功させた。


観客はまたも大歓声。

同じく五番でフルスイングしていたチンパンジーとは雲泥の差である。



そこからソフトボール部は2者凡退だったが、これでスコアは0-1。

ソフトボール部のリードでゲームは進行する事になる。



***


球場観戦あるあるなのだが、あまり普段試合を見ない人間はだいたい敵チームの下位打線あたりで飽きが来る。

観戦している5人がまさに今その状態で、激寒軍団の下位打線などあまり興味は無い。



「交代で出店を回りましょうか」


「さんせー! でもワタシはあーちゃんの投球見たいから今回はパス!」


「だってさ、姉貴。行こうぜ」


「西宮はどうすんの?」


「あなたが誘うなら。仕方ないわね」



西宮氏、ちょっと嬉しそうである。



「あ、違う違う。お前が四方堂と一緒に回ると優が一人になっちゃうだろ? そういう意味合い」


「この女、ほんまに……」



これには西宮氏のエセ関西弁も出てくる。

ちょっと嬉しかった分、割と反動があった。



「その心遣いや良し。わたくしとお姉様をセットで考えるとは。これは高評価ですわ」


「ん、ありがとう? で、西宮はどうなん?」


「私たちは後でもいいわ。どこへでも行ってきなさい」


「なんで怒ってんだよ。そんなに行きたいんだったら……」



『後で一緒に行くか?』

そんな言葉を期待した西宮だったが、



「先に行って来ていいぞ。楽しんで来い」


「ほんまにこの女……! 行くわよガブ」


「はい♪ お姉様!」



こうして西宮は先に四方堂と出店を回る事になった。

一方、美保は姉と南雲をいい雰囲気にさせまいと奮闘する事となる。



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