第278話 もはやフェス


いよいよ始まるソフトボール部vs家庭科部(?)の試合。


……は、一旦置いておいて、観客たちの状況について説明したい。


丸女には野球部も存在しており、スタジアムは兼用となっている。

本日はソフトボール部が使っているので塁間や外野のフェンスはソフトボール用に調整済みだ。

互いのチームの挨拶の後は運動場からここへ移動した。


一応はホームチームがソフトボール部なので一塁側が彼女たち、家庭科部が三塁側のベンチに居る。

それに伴って、一塁から右翼側がソフトボール部の応援席、三塁から左翼側が家庭科部の応援席となった。


サプライズの練習試合などに観客が居るのか?


そう思うだろうが、実は家庭科部が早朝から丸女の生徒たちにサプライズスパム迷惑メールを送ったおかげで驚くほど観客が集まった。

もしかしたらインターハイレベルに人が集まってるかもしれない。


そのメールの内容はともかくとして、西宮財閥のイベント運営でスタジアムの外では屋台まで出していた。

急造した特設ステージでは軽音部や同好会が自由にライブをやっている。

やりたい放題だが、一応学園長もこれを公認。


プロの試合かってくらい盛り上がっていた。

尚、たかだか練習試合である。それも内輪揉め。


そんな状況で三塁側の応援席の最前列に居座るのは当然、諸悪の根源である家庭科部。



「やれやれ……正直、やりすぎたわ」


「流石はお姉様ですわ!!」


「練習試合ってレベルじゃねぇぞ!! ちょっとした祭りじゃねぇか!!」


「こんな人込み来たの久しぶりだわ。姉貴、手繋ごうぜ」


「せーんぱい♡ 私たちもはぐれないように手繋ぎましょう?」


「暑いから近づかないで!!」



観客席の入り具合はどちらのチームも同じくらいである。

プロレスでもヒール悪役に人気があるように、家庭科部にも一定層のファンが居た。

そもそもどっちのファンでもない人のが多いとは思うが。



「……今更なんだけどさ。家庭科部チームに家庭科部員0名なのは大丈夫なん?」


「本当に今更ね。飛び入り参加してきたら?」


「十河。出番よ。行きなさい」


「ヤだよ。あんなアラサー軍団」


「でもぉ、ワタシ。十河さんのカッコいいとこ……見たいな?」



南雲が渾身の上目遣いをすると十河はいつの間にか三塁側ベンチでアラサー軍団と円陣を組んでいた。



「……ハッ!? あいつ今いつ消えた!?」


「よしっ。これで落ち着いてあーちゃんを応援できる!」


「あなたはこっちの応援をしなさい」



こうして、申し訳程度の家庭科部要素を醸し出す事に成功した。

試合に先駆けて始まった始球式は学園長が務めた。



「だからプロの試合か!! 練習試合で始球式は要らんだろ!!」


「学園長がノリノリだったから止めにくかったのよ」


「まぁこれだけのやりたい放題を一球ごときでチャラにして下さるなら投げさせてあげてもいいですわ」


「学園長を味方につけてるアタシらの黒幕感やべーな」


「『感』って言うか黒幕だよねー」



学園長の球はキャッチャーミットまで届かなかったが、一番バッターが空振りをするところまで完璧再現である。

ようやく始まった試合は家庭科部の攻撃から始まった。



***


ソフトボール部のピッチャーは”エース”東堂。

ここ数日の練習でキャッチャーの太齋とはある程度の連携が出来るようになった。


ただ問題が無いわけでは無い。

それは、この太齋という人間が西宮同様の無表情系奇行女子であるからだ。

一言で言えば、理解不能である。



例えば練習終わりに、


「たんぱく質の補給は大事。これあげる」


そう言われて泥団子を渡された東堂はどう返せばいいのか困った。

ちなみに太齋はたんぱく質の重要性を伝えたかっただけで、泥団子に意味は無い。

東堂は普通に嫌われているのかと思ったが翌日、


「東堂ちゃん。音楽やろう。私たちならY○AS○BIを目指せる」


まさかの地主ちぬしそそのかしていたのは太齋だと発覚した。

しかもよく分からない方向性での信頼感を得ていたりと、とにかく訳分からない人だった。


先ほどもベンチで東堂が今日の試合の配球について彼女に伺うと、



「まだ降りて来てないんだよね。神が」



と、言っていた。

どうやら彼女はその日のインスピレーションで配球を決めるらしい。

しかし、彼女は地主とバッテリーを組んでいた時はそれなりに結果を残しているので、多分凄いのは凄いのだろう。


1回表、投球練習直後に太齋は東堂の元へとやって来た。



「見てる感じ、思ってるよりもレベルは高くないかもよ」


「そうなんですか?」


「一番バッターは直球中心で様子を見てみよう。打たれても構わない」


「神様と交信出来たんですね」


「……何の話? 東堂ちゃん、試合に集中しよう」


「…………」



腑に落ちない東堂を置いて太齋はポジションに帰っていった。


早速一番バッターとの対戦。

一般的な考えでは一番バッターは一番出塁率が高いバッターだ。

果たして東堂の投球はどこまで通用するのか。


緊張の第一球――



――パァァァンッ!!



球速108km/h、ど真ん中ストライク。

見逃したバッターが驚いているのは球速か、はたまたど真ん中に投げられた事か。



一方、観客席では。



「おぉー!! すご……いのかがよく分からん!! 凄いんだろうな!!」


「姉貴、今調べたけど野球の体感速度だと150km/hらしいぞ」


「素人じゃまず打てないでしょうね」


「あーちゃんかっこいいーーーッ!!」



大多数の観客も今のところ東堂の凄さはいまいちピンと来ない。

比較するピッチャーを見た事がないのだから仕方がない。

一旦どよめいておくか、くらいの反応だった。



続いて投球二球目――



まさかの二球続けてど真ん中のストレート。

バッドは動くものの振る事は出来なかった。

これにはバッターもチラリとキャッチャーの表情を窺い見るが、彼女は至って涼しい顔をしていた。



そして投球三球目、普通なら外す事が多いが……



三度目のど真ん中の直球である。

ところが、バッターはこのキャッチャーならやりかねないと山を張っていた。



――、空振りした。



東堂が投げた三球目は直球ではあるが普通のストレートではない。


『ライズボール』である。


それはストレートと変わらない球速で浮き上がってくるソフトボール特有の球種。

一、二球目のストレートと同じつもりで振るとバットはボールの下を空振りしてしまう。


尚、言うのは簡単だがそれが分かったところで反応するのは難しい。


要するに東堂は凄いのだ。



「あーちゃんしゅごしゅぎーーーッ!!」


「いや、凄いんだけどさ……」


「マジであの人なんでも出来るな……」


「まぁ、人外のたぐいですわよね」


「ガブ、もう少しオブラートに包みなさい」



東堂はそのまま三者連続三振を取ってスタジアムは熱狂の渦に包まれていた。



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