第276話 青春スポーツ系にも舵切り出来ちゃう


夏休みを目前に控えた今日この頃。

一ノ瀬は東堂を誘ってソフトボール部の助っ人に向かっていた。



「今日はお付き合い頂きありがとうございます!」


「ううん。僕もたまには体動かしたかったし。そういえば、紗弓ちゃんのテストは大丈夫だったの?」


「はい! ダメでした!」


「元気がいいね」


「夏休み始まったらたくさん勉強やらなきゃいけないので、今のうちにたくさん運動しておこうかなって!」


「うん……今も勉強はするべきだと思うけどね……」



どうせ後から勉強するなら今勉強しなくてもいいんじゃないか。

その境地に至った一ノ瀬は今を楽しむことにした。


2人がソフトボール用の運動場に辿り着くと絶望感を漂わせたソフトボール部が7で練習していた。


状況がよく分からないので、とりあえず一ノ瀬は元気よく顧問に挨拶する。



「こんにちわー! 助っ人の一ノ瀬でーす!」


「ど、どうもー。一緒に来ました、東堂です」


「やあ2人とも! ようこそおいで下さいました。顧問の海瀬うみせです。おい、みんな!! 強力助っ人外国人が来たぞ!!」



こちらも元気の良い海瀬の号令で部員たちが全員集まる。

しかし、ソフトボールに青春を懸ける彼女たちの目は皆一様に死んでいた。



「どうしたんだ、お前ら! せっかく2人が来てくれたのに! お通夜みたいな顔しやがって!」


「だ、だって先生……うち……ピッチャーとキャッチャーが居ないんですよ……」


「えぇ……? つかぬ事をお聞きしますが、このチームって投手と捕手無しで活動して来たんですか?」


「がっははは! そんなわけないだろう! それでどうやって試合をするんだ?」



そりゃそうである。

仮に外野に適当なド素人を置いたしても投手と捕手が完璧に抑えれば試合自体は成り立つが、逆場合は即コールドゲームになるだろう。


では、このソフトボール部には何が起きているのか。


答えは単純――



「投手と捕手が退部した☆」


「どぅえええ?! このタイミングで!? インターハイ直前ですよ!? 何があったんですか!?」


「ガールズバンド結成するってさ」


「滅っ茶苦茶ロックな理由ですね!? それにしても突然過ぎる!!」



しかも抜けたのは3年生の部長と副部長である。

もはや流石丸女としか言いようがない。


彼女たちの中では、


3年間の努力 < ガールズバンド


となったのかもしれない。

中々多くの人には理解されないかもしれないが、彼女たちが文化祭でデビューするような事があれば暖かく見守ってやって欲しい。


まぁ、ソフトボール部からしたら堪ったものでは無いが。



「……と、言う訳なんだ。東堂、一ノ瀬……行けるか?」


「お任せください!!」


「大丈夫なんですか? そんな重要なポジションが僕らで」


「でぇじょぶ、でぇじょぶ! 野球で助っ人がピッチャーやったり4番打ったりするのと一緒よ」



一ノ瀬と東堂がスゴいという噂は聞いているが、ソフトボール部も実物を見るまでは安心が出来ない。

半信半疑で月岡(一塁手)がキャッチャーマスクを被る。



「一ノ瀬さーん!! とりあえず、思いっきり投げて見て下さーい!!」


「了解でーす」



躍動感のあるウィンドミルから繰り出されたストレートに月岡は仰け反った。

スピードガンさん曰く、球速は110km/hらしい。

ちなみに100km/hを超えれば全国のエース級と言われている。



「……むっ、無理無理無理無理ッ!! 怖すぎ!! 何、今の!?」


「だっ、ダメだ……くく、まだ笑うな……次は東堂! 投げてみてくれ」



お次は東堂。一ノ瀬よりも優美なフォームから投げる球は月岡が構えたミットに精確に吸い込まれていった。

淡々と投げているが球速は普通に100km/hを超えている。



「お前、まさか変化球も投げられちゃったり?」


「一応、出来ると思います」



そして海瀬のリクエストにより東堂が投げた変化球は、

ライズボール、チェンジアップ、ドロップ、スライダー、シュート、カーブ、シンカーの7種。


まさに7色の魔球である。

尚、変化球のキレが良すぎて月岡はほぼ捕れなかった模様。



「勝ったな!! がっはっはっ!!」


「こ、これなら先輩たちが抜けた穴を補っても余りある……!!」


「もしかして私たち、優勝……目指せちゃう!?」



ソフトボール部の目に喜色が宿り、死んだ魚のような目に再び光が灯る。

みんなに認められた東堂と一ノ瀬は円陣に加わった。

希望に向かって今、一つになろうとているソフトボール部。


そして、そんな最中に最後のピースまで集まって来た。



「先生、やっぱり私たちバンド辞めるわ」


「演奏無しのツインボーカルは攻めすぎた」


地主ちぬしッ……! 太齋だざいッ……! お前らまで……!!」



ここ一番で戻ってきた2名の先輩を今、顧問が抱きしめ……



「いや? お前らの席ないからいいわ。お疲れ。バンド頑張ってな」



なかった。裏切者には世知辛い世の中である。



「そっ、そんなぁ!?」


「海瀬先生……ソフトボールがしたいです……」


「しゃーねぇなぁ。その代わり、お前ら一年より後輩だからな?」



こうして集まった11人のアツい夏は幕を開ける。


……か、どうかはまた別のお話。

見どころが無ければ全編カットになる可能性は大いにある。


そんな彼女たちの青春ストーリーに乞うご期待下さい。



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