第269話 完全に見切った


とある日の朝。学園の美術室にて。



「明日の為の緊急対策会議よ」


「例の占いで言ってた日の話だね」



そう、今日は例の6月20日(土)の前日、6月19日(金)である。

そろそろ期末テストが近くなって周りはそわそわした雰囲気の中、どこか様子のおかしい人も混ざっているようで……



「ずんちゃ♪ どぅん、どぅん♪ ずんずんちゃ♪」


「……優。今日は寝れる授業があんまりないけど大丈夫か?」



深夜まで音ゲーの配信をしていたせいでネジが外れ気味の人もいた。

だいたいの日はそれでも授業中に爆睡する南雲だが、今日の授業は美術や体育など睡眠の妨げとなる授業が多い。


5限目の家庭科までは寝る事は難しいだろう。



「どうすればやや凹みを回避できるかを話し合うわよ」


「生きてりゃやや凹みする事なんて幾らでもあるだろ。対策するほどの事でもねぇよ」


「じゃあ、あなたは、

『明日、ベッドの脚に小指をぶつけます』と言われても小指をぶつけに行くの?」


「……たしかに」



かと言って対策するかどうかは別の話な気がするが、西宮はデッサン用のスケッチブックに状況をまとめ始める。



「まず、明日茉希は誰かとデートをすると」


「しねぇけどな。占い本を真に受けるなら、そうらしいな」


「そして何故か私はやや凹むと。これに因果関係はあるのかしら?」


「麗奈は別に茉希が誰とデートしても凹まないよね? GWとかそうだったし」


「私自身が多方面に手を出しているから、別に茉希が何股しようと口を出すつもりはないわ」



相変わらず西宮は自分にさえ好意が向いていれば何股でも許容しているので、そこで凹むという意味ではなさそうだった。



「まぁ、別に俺はお前にベクトル伸ばしてないけどな」


「ショックだわ……やや凹みよ」


「じゃあ対策会議終わりでいいか?」


「いいえ。この悲しみを明日繰り返さない為にも、私は前に進むの」


「それっぽい事言うな」


「次。私をスマホから遠ざける理由よ」



占い本では、『スマホを捨てましょう』と書いてあったが『極力見ない』でも妥協出来るらしい。

ちなみに、西宮は今日はスマホ見ていない。

こう、と決めた瞬間の謎の行動力は彼女の数少ない美点である。



「麗奈が凹むのはいつなんだろうね? 今日、スマホを見て凹むのか。それが原因になって明日凹むのか」


「書き方的にはおそらく後者でしょうね」


「だとしても俺のデート云々と関係あんのかは怪しいぞ」


「……どぅるるる♪ どぅん……」


「ゆ、優? そろそろ保健室行くか?」



眠気の限界突破で1名だいぶヤベー奴が混じりつつも、残り3名は考察が楽しくなってきて真面目に考えていた。

そこで東の名探偵はここぞとばかりに閃いた。



「僕の推論が正しければ、おそらく麗奈は今日の夜、スマホを弄りながら思い付きで茉希に連絡するんだ」


「まぁこいつの動機の7割が思い付きで残り3割は性欲だからな」


「翌日デートの約束をするんだけど、そこで茉希に冷たくされて凹むんだ!」


「まぁこの女、2割はデレるのに残り8割でツンになる時があるしね」



それを西宮は茉希ガチャと呼んでいた。

SSR北条茉希の場合は割と甘やかしてくれるのだが、外れを引くと塩対応される。

最近SSRを引きやすい裏技を見つけた西宮だが、やりすぎると運営に対策されかねないので出来るだけここぞという時に使う事に決めていた。



「たしかに。それなら、

西宮がスマホを触る、俺がデートする、西宮がやや凹むに当てはまるな」


「そう……! だから麗奈! 明日は僕とデートしよう!」


「天才か? お前?」


「いいわよ。そこに持っていくまでの過程には割とパワーを感じたけども」


「やったー! じゃあ、これにて対策会議は終了と! いやぁ、良かった良かった」


「お前のその情熱はマジで尊敬するわ」



パッション系の名探偵も幸せ、西宮も不幸を回避と優しい世界が広がった。

これにて一件落着である。



***


授業が終わり、部活も無いのでそのまま下校となる。

梅雨入りはしているとは言え、今日の雨は一段と酷かった。



「すげー雨だな」


「家まで車で送っていくわよ」


「ありがたいけど、流石に6人分回ってもらうのは申し訳ないような……」


「遠慮しなくていいのに」



流石にそれをやると梅雨の時期はほぼ毎日送迎して貰う事になりそうなので、全員同意の上で断った。

ただし、四方堂は除く。


今日に限っては8人とも駅までは西宮の車に乗る事になり、そこから解散と言う流れになった。


東堂、南雲、十河は一緒に下校するのだが、



「あ、傘忘れたー……」



下駄箱から出てすぐの所に送迎車をビタ止めされていたので、南雲は学校に傘を忘れて来た。

5限目の家庭科だけ中途半端に寝たので眠気は朝よりも酷くなっている。



「私が先輩の傘になります!!」


「その傘壊れてるからいらない。あーちゃん入れてー」


「もちろん。家まで送るよ」


「東堂ッ……!! ちゃんと先輩の高さに傘合わせて下さい!! 屈んで!!

と言うか、東堂先輩が半分入る必要ありますぅ??」



文句しか出ない十河と共に下校し、結果的に全員が結構濡れて帰る事になった。



「ゆーちゃん。眠いと思うけど、風邪ひいちゃうからちゃんとお風呂入ってね」


「先輩は今から私とお風呂入るんですー!! ねー♡」


「ありがとう! バイバイ、あーちゃん。じゃあ、十河さんもまたねー」


「あれ? お背中流しますよっ!?」



こうして南雲は自室に帰った後、倒れ込むように床で寝た。


玄関で、濡れたまま――



***


一方、その夜。



「あ。体力消化を忘れていたわ。 ……連絡するわけでもないし、ゲームするだけなら問題ないわよね」



そこで西宮は本日初のスマホを触り、ソシャゲに勤しむ。

すると、南雲もログインしていたので一緒にプレイする事に。

金曜から週末にかけてのイベントもあった為、それなりに白熱して夜遅くまでやってしまった。


……そろそろお気づきの方もいらっしゃると思うが、この時点で既に南雲は風邪気味だった。


そして、それを知るはずもない西宮のこの行動がトドメの一撃となる。



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