第252話 ねむふにゃ


西宮を中心としたメンバーが追試勉強と言う名の監獄から釈放された時、彼女たちにはもう一つ片付けなければならない問題があった。



「十河さんと美保さんは重大な違反を犯したわ」



職員会議に出ている顧問不在の家庭科室では記者会見が行われている。

2人はゴールデンウィーク中にデートを偽装した罪に問われていた。



「みほっち……そんなに十河さんが嫌だったの?」


「いや。普通にだるくて。コイツとの接点とかねぇし」


「その接点を作る為のオリエンテーションだと思うよ……」


「お前は趣旨を理解した上で人の母親とプロレスしてたけどな」



GW中は本当に色々な事があったので、当事者以外は何事かと困惑する事が多い。

……まぁ、当事者も困惑していたが。



「許されない違反だよ!! これが許されるならワタシも絶対十河さんとデートしなかったもん!!」


「う、嘘ですよね? 先輩?」


わたくしもですわ。時間をドブに捨てたようなものですわ」


「杏樹はどうでもいいか」


「とにかくペナルティを考えましょう」



何故オリエンテーションを拒否しただけでペナルティを受けるのか。

その発想に至る人間は被告人の2人だけだった。



「手を繋いで1日過ごすとかどうかな?」


「それでいいんじゃね。程よくキツそうだし」



流石は東堂。オリエンテーションのペナルティのラインを弁えていた。

一方、十河の友人は。



「温いですわ。足の爪を全部剝がしましょう」


「怖ッ!? え、お前ら友達なんだよな!? アタシは無理だから十河、代わりにお前の手の爪も差し出せ」


「手足の爪はエグいって!! 冗談は『ですわ』口調だけにしてよ杏樹!」


「ペンチ持ってきますわ」


「が、ガブ……流石に身体にダメージを与えるような拷問は……」



オリエンテーション如きで流血騒ぎを起こそうとしていた。

ちなみに、既に被告人同士では仲間割れが起きている



「精神的なダメージを与える拷問って事ですか。うーん……」


「おい、一ノ瀬。別に拷問をする必要はないんだぞ」


「じゃあ、十河さんと美保ちゃんがワタシと茉希ちゃんに言われたくない言葉を募集してみるとか」


「例を出してみなさい」



『うーん』と少し首をひねった南雲が十河に向き直る。



「――ワタシ、Vtuber引退するね」


「杏樹。ペンチ持って来て」


「はい」


「ちょちょちょ、杏樹ちゃんもペンチ渡しちゃダメだって!!」



自然にペンチ渡そうとする杏樹をギリギリの所で東堂が制止した。



「茉希の場合は?」



同じく『うーん』と少し首をひねった北条が美保に向き直る。



「……しばらく別居するか」


「杏樹。ペンチ」


「はい」


「ちょちょちょ! なんで杏樹ちゃんはペンチ渡したがるの!?」


「友人たちの苦しみを少しでも和らげて差し上げようと……」



精神的苦痛を激痛で上書きしようという対症療法だった。


何はともあれ再び制止した東堂のお陰で事なきを得た。

2人にとって言葉による苦痛は肉体へのダメージより深刻らしい。

これには告発した西宮も頭を悩ませる。



「も、もうちょっとマイルドなペナルティはないのかしら?」


「じゃあ、直接的な苦痛じゃなくてじわじわ来る奴なら……『1日姉断ち』とかどうです?」


「お前らってなんでそんなに拷問を思いつくの?」



一ノ瀬の説明によると、2人を誰かの家に泊めてスマホを没収して1日だけ完全に『姉』もしくは『梅雨町』と切り離すという内容。

たしかにかなりマイルドそうなやつなので、2人は『まぁ、1日くらいなら』と了承した。


これが悲劇の始まりだった。



***


土曜日の昼頃、お泊りセットを持って西宮邸へ泊りに来た十河と美保。

ここに来るまでに互いに梅雨町成分と姉成分を補給し万全状態でやって来た。



「まぁ言うて1日ならな?」


「先輩への愛で1日くらい耐えてみせます!」



「……フラグにしか聞こえないのだけど」



五味渕にスマホを預けた2人は早速宿泊部屋へと入っていった。

ここからは共に過ごした西宮の経過観察の手記でお送りしよう。



――3時間後。


雑談をしている最中、違和感を感じ始めたのはこの辺りだった。

2人はスマホを取り出そうとして無いことに気付くと冷や汗を掻いて視線を虚空へと彷徨わせる。

これを繰り返し始めた。



――6時間後。


夕食の時間、違和感は既に異常へと変わっていた。

突然笑いだしたり、たまに虚空へと喋り掛けたりしている。

怖い。



――9時間後。


みんなで入浴。もはや2人の眼中に私は居ないようだ。

相変わらず鏡や水面に向かって話している。しかし、内容は支離滅裂。

非常に怖い。



――12時間後。


就寝前にも2人はブツブツとうわ言を呟いている。

……しかし、何故だろう。先ほどから恐怖はあまりない。

いいゆめ がみれそう だ。



――18時間後。


朝、おきると まきと つゆまちさ いる。


ねむい

ふにゃ



~~~以上 監察官の日誌~~~



この辺りでドクターストップならぬ五味渕ストップが入った。



***


月曜日。西宮の手記を見たメンバーの感想は、



「怖ッ……! この手記ゾンビシューティングで見た事あるよ!」


「れ、麗奈大丈夫!? メンヘラになってない!?」


「いや、こいつ絶対これがやりたかっただけだろ」



尚、残り2名は本当にゾンビのようになっていた模様。



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