第248話 みんなニコニコ、優しい職場


西宮は予定では北条のバイト先である『りりあん☆がーてん』に客として乱入しようと思っていたが、今日は勘弁してやることにした。


と、言う事でコネを使って店員として乱入させてもらう運びになった。



***


「いらっしゃいにゃせ」


「頭が高い。お客様と目線を合わせて屈め」


「嫌よ。私と目線を合わせたいのならあなたが立ちなさい」


「……そういう路線で行く感じか? 言っとくけど普通の店でその接客したら怒られるからな?」


「マキにゃ? うちの店が普通じゃないみたいな言い方はやめよ?」



現在、フロアとは別の場所で北条と店長の二川が新人研修を行っている。

初動から先輩に盾突く大型新人だった。


流石に二川も、

『未経験者で一日体験はちょっと……』と言っていたのだが、西宮が経験者であると発言したので様子を見る事にしてみた。


……もちろん。不正な金品の受け渡しはあった。



「西宮さんはどうしても接客がしたいの? 人に媚びるのとか苦手じゃない?」


「あまり私を舐めないで頂戴。文化祭の出し物でコンカフェをやった時は私が看板娘だったのよ」


「看板な? 娘とかつけんなおこがましい」



経験者というのは偽りでは無いのだが、当日西宮は客寄せパンダとして座っているだけだった。

クールな視線で窓の外を眺める簡単なお仕事である。人はそれを看板と呼ぶ。


尚、効果は絶大だった模様。


店員として対応と言えば最後に臨時で接客した際に四方堂の頭にジュースを注いだくらいだろう。



「まぁいいや。キャラ付けとかあるからなお前はクール系みたいな感じで行くんだな?」


「あなたは何系なの?」


「く、クール系だろ。そりゃ」


「ふーん。ちょっと先輩のお手本を見せなさい」


「いいね。マキにゃ、見せてあげなさい」


「くっ……!」



過去には西宮への接客対応を失敗した苦い思い出がある北条だが、この一年の集大成を彼女に見せる時がついに来た。


すぅ……と、深呼吸の後に北条の顔つきが変わる。

これはクール系の顔つきである。



「――おかえりにゃさいお嬢様♪ 会いたかった~ニャ!」



「おおー(パチパチ)」


「パチパチやめろ」



北条は一年前なら少しどもりながら発言していたセリフを完璧に発言していた。



「なるほど。真面目系の瞳の中に少し見え隠れするテレが狂おしい程に萌えね」


「西宮さん、そこに気付くとは君はやはり……」


「分析もやめろ」



よく見て見ると北条は、口では完璧に演じて見せたが顔はちょっと赤いし目には少し迷いがあった。

この絶妙なやらされてる感が一部のマニアの間では絶賛されているらしい。

演じようとしても中々出来る事では無いので、おそらくこれは北条の天性の資質だろう。



「まったく、けしからんあざとネコね。たしかにこれを真似するのは無理があるわ」


「秒速で諦めんなよ! なんの為に手本見せたんだよ!」


「西宮さんは得意技はあるかな?」


「あるわよ。シェイカーを貸しなさい」


「……嫌な予感が」



早速西宮は北条から手渡されたシェイカーをノリノリで振り始めた。



「しゃか、しゃか♪ 振り♡ 振り♡」


「…………」


「萌え萌え~……きゅん♡」



――ベシッ



「真面目にやれ。 ……って、やべ」



北条は考えるより先に手が出ていた。寧ろ西宮は完璧だった。



「何故いま私の頭は叩かれたの!?」


「わ、わりぃ。なんかお前がキャピキャピしてると無性に腹が立って……正当防衛というか……」


「正当防衛の言葉の意味を調べなさい!」


「マキにゃは西宮さんが人前で愛想を振りまく事に嫉妬してるんじゃないかな」


「……!! なるほど。点と点が線で繋がったわ」


「どこで線結んでんだよ。星座と同じくらい適当に結んだだろ」



おもむろに胸に手を当てて回想をする素振りを見せる西宮。

ちなみに点と点は繋がっておらず、適当な発言である。

しかし彼女はここで試してみたいことがあった。



「……じゃあ。茉希が好きな方法を教えて欲しいわ」


西宮は少し甘えるようにはにかんだ。


「……ま、いいけど。てか……さっきので別に悪くないと思うぞ」


(ククク、堕ちたわね)



もちろん演技である。

西宮は前回のデートでこの女が甘えられることに弱い事は検証済み。

後は存分に甘えるだけだ。



ある時は、


「茉希。ドリンクの淹れ方なんだけど……」


「しゃーねぇな」


真面目な表情で少し目を潤ませると、北条は手を取って淹れ方を教えてくれた。



またある時は、

西宮は胸の下あたりにあるリボンをこっそり少し解いて結べないフリをしてみた。


「茉希。リボンが結べないのだけど……」


「しゃーねぇな」


すると、北条が後ろから抱きかかえるようにリボンを結んでくれた。



(~~~ッ! 何故だか非常に気分がいいわ!)



これには西宮さんもご満悦である。

完全に北条を堕としたつもりの彼女は気づいていない。



――堕とそうとした彼女の方が堕ちているという事を。



***


結局、研修とは名ばかりで、裏で2人がイチャついてるだけで本日の業務は終わった。



「店長、なんか一日ホールに出れず申し訳ありません。こいつも一応やる気はあったみたいなんですが」


「頑張ったわ」


「成果が出てねぇのにお前よくそんなに頭が高く出来るよな」


「いやいや、いいんだよ。今日はお疲れ様!」



二川は2人を労って送り出すと、北条は申し訳なさそうにペコリと挨拶をして帰っていった。


1人になった部屋で二川の顔が歪む。



(ククク、計算通り。これで西宮さんがマキにゃの虜になれば更なる資金援助が……)



流石は店長。

北条がホールに出れなかった損失を余裕で取り返す算段を企てていた。


店長もニコニコ、西宮もニコニコ。


みんなニコニコ明るい職場『りりあん☆がーてん』は今日も西宮財閥の提供でお送り致します。



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