第246話 貝しか勝たん


今日は珍しい事が多い回。

珍しい組み合わせが珍しい場所で珍しい事をしていた。


果たして、こんなに『珍しい』がゲシュタルト崩壊した状態で本当にまともなデートになるのだろうか。



***


「四方堂さんってさ」


「杏樹でいいわですわ」


「うーん……まぁいいか。杏樹ってさ。結構意外性あるよね」



現在、一ノ瀬と四方堂が何をしているのかを遠回しに言うと、掘っていた。



「そうかしら?」


「お嬢様かと思ったら意外とフレンドリーだったり、インドア派かと思ったら意外とアグレッシブだったり……あと、意外とまともだったり」


「最後のは十河のせいではなくて?」


「……あと、西宮先輩の影響も(小声」



元来四方堂は、十河と西宮が絡まなければ良識ある一般人である。

それどころか普通にフレンドリーで面倒見のいい女子である。


こんなまともな人間が、たった2人の人間の手よって歪められているこの現状こそが現代社会の闇なのかもしれない。


しかし、現在その原因の片割れもこのデートの裏では闇に飲まれている最中であった。



「……!! 見つけましたわ!!」


何かを見つけてガッっと地面の中に手を突っ込む四方堂。


「お、お嬢様がゴム手袋で泥の中に手を突っ込んでる……」


「これは何貝ですの!?」


「アサリかハマグリだとは思うけど。ボクには違いが分からないんだよね」


「まぁ食べれる貝ならなんだっていいですわ」



そう、彼女たちは潮干狩りに来ていた。

それも四方堂がやってみたいという事で一ノ瀬がそれに付き合っている形だ。


西宮とは違って、いい意味で意外性のあるお嬢様はタオルを頭から巻いて麦わら帽子にゴム手袋、長ズボンとマリンシューズを着用している。


見た目を度外視したガチの潮干狩り装備である。

舐めた格好で海に来ないあたりがこちらのお嬢様がまともたる所以だろう。


バケツになんかの貝を入れた四方堂は立ち上がろうとして砂浜に足を取られた。



「あら……?」


「おっと! 大丈夫?」


流石の運動神経の一ノ瀬が咄嗟に四方堂を抱き寄せた。


「……というか、『あら?』って全然動揺してなかったね」


「多少汚れても洗えばいいだけですわ。ところであなた……ふむ」



一ノ瀬の腕からやんわりと解放された四方堂が彼女を下から覗き込む。



「手助け感謝しますわ。普通に無視されるかと思ったけど、意外とまともなんですのね?」


「……暴力的に見られてる? それも十河さんのせいなんじゃ……」


「間違いありませんわね。こっちは故障してないみたいですし、一ノ瀬に乗り換えようかしら」


「じゃあ、十河さんにはみほっちをあげよっか」


「そうしましょう」



冗談を言い合う2人はしばらく潮干狩りを続けた。



***


潮干狩りを終えて、2人は金持ち特有の別荘にてシャワー浴びて着替えた。

その後、採って来た貝は一ノ瀬の自宅『喫茶 オリーブ』に持ち込み調理する事に。



「初めまして。四方堂ガブリエル杏樹と申しますわ。杏樹とお呼びください」


一ノ瀬の母に手土産を渡しながら四方堂が挨拶をした。


「これはこれはご丁寧に。母の綾香です。杏樹ちゃんも大変だったでしょ? この子バカだから」


「ちょっとお母さん! ボクは転びそうになった杏樹をサポートしてあげてたりしてたよ!」


「その節はどうも。あなた全然貝採ってなかったけれど」



脳筋一ノ瀬はショベルカーのように掘りまくっていたが、ちゃんと目星をつけて掘っていた四方堂の方が倍以上の貝を採っていた。


帰って来てからも貝の砂抜きはしていたので早速クラムチャウダーの調理に取り掛かった。

慣れた手つき、とまでは行かないが綾香の指示通りに下処理をする四方堂。

調理器具の準備と洗い物のだけ異様に速い一ノ瀬。



「……あなたは調理しませんの?」


「いやいや。洗い物も立派な調理だよ?」


「あぁ。この子、包丁とか扱えないから。バカだから」


「喫茶店の娘なんですわよね?」



こうして一ノ瀬の万全なサポート体制の中、四方堂と綾香はクラムチャウダー完成手前まで持ってきた。



「あとは30分くらい寝かせて、もう一度加熱したら完成よ」


「ありがとうございました……これでお姉様を呼べますわ!!」


「まぁそうだよね。そういう目的でやってたもんね……」



自分で採った貝を自分で料理してお姉様のお腹に納めたい。(⇐誤字ではない)

そういう思いから今回のデートは行われていた。


普通に他の女が主目的でデートを行っていた訳だが、最初から包み隠さず言われていたし、別に一ノ瀬も本命と言う訳でもないのでまったく気にしていない。


四方堂はついでにあの女も誘ってやるか、とチャットを打つ。



(四方堂)『餌をあげるから、お姉様は返しなさい』


『ちょっと今布教活動で忙しいから無理』(十河)


(四方堂)『じゃあ来なくて結構。1人で壁と話してなさい』



(四方堂)『ごきげんよう、お姉様』

(四方堂)『今日は一ノ瀬と潮干狩りに行ってクラムチャウダーを作りました!!』

(四方堂)『現在お暇なようなので、恐縮ですがオリーブまでお越しいただきたいのですが……!』


『ナイスタイミングよガブ。貝しか勝たん。』(西宮)



「ふぁ……あああ……。お姉様がお褒めに……!」



四方堂は歓喜の涙を流していた。

一方、監獄から脱出の足掛かりを手に入れた西宮は一目散にオリーブへ退避した。


……一応、十河とセットで。


そわそわと恋する乙女の表情で西宮を待つ四方堂。

それを見た綾香はそっと娘に耳打ちした。



「……え、さっきまであの子まともだったのに。どうしちゃったの?(小声」


「えーと……沙羅双樹だっけ?」


「諸行無常ね。バカなのに難しい言葉使おうとしないで……」



娘もどうかしちゃってて母も涙を流した。



***


その後、一ノ瀬、四方堂、西宮、十河という珍しいメンツでクラムチャウダーを食べた。

西宮が一口食べる毎に体をクネクネさせる四方堂を見た十河は、こいつ終わってるなと冷ややかな目で見ていたらしい。


おそらくこれが、2人が友人でいられる秘訣である。



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