第237話 天文学的な確率
北条家では長女の茉希がバイトに勤しむ中、今日も今日とて美保は自宅で母の瑠美とだらだらしていた。
「お前さ。別に働けとかは言わないけどゴールデンウィーク中ずっと家でだらだらってどうなん?」
「こう見えてもアタシは忙しいんだよ。世に蔓延る悪から姉貴を守るために一刻でも早い法改正が必要なんだ」
「またアホみたいな事言って。どうせ家でスマホ弄ってるだけじゃ……」
瑠美が美保のスマホを覗き込むと何やら難解で理解不能な文章が並んでいた。
一見アホそうに見える美保は何故か頭だけは良い。
なにやら大仰な事を言っている彼女は現在、司法試験の過去問を解きながら本当に法律の勉強をしていた。
「おい、美保……そういうのが勉強したいお年頃か? 量子力学とか波動関数とか勉強するアレだろ?」
「んなもん専門家にやらせとけ。てか、勉強の邪魔」
ちなみに彼女は本気で7月の司法試験を受けるつもりでいます。
法曹になるつもりは無いが、限りある時間の中で取れる資格は取っておこうという精神らしい。
しかし、体育会系の北条家の主としては学生にはやはり青春をして欲しいという熱い気持ちがある。
「美保、いいか? 私が若ぇ頃はなぁ……(以下略」
その熱い思いはありがたいお言葉になって勉強中の美保を襲う。
「う、うぜぇー……」
「まぁ要するにだな、可愛い子の1人や2人引っ掛けて、」
――ピンポーン
その時、ここ最近恒例のインタホーンが鳴る。
モニターの近くに居た瑠美が自然と対応したのだが――
『こんにちわ。美保さんのお友達の十河です♪』
瑠美は慌ててマイクをミュートにして美保の方を振り向く。
「た、大変だ美保。自称お前の友人のどえらい可愛い子が来た」
「う、うざすぎる……」
あの出不精の美保が本気で外出しようか悩んだ瞬間であった。
***
「初めまして。私は美保さんの同級生の十河灯と申します。こちら、つまらないものですがどうぞ」
見てくれだけなら美少女の十河が丁寧に挨拶する。
娘には到底似つかわしくない美少女ともなれば相場はアレと決まっている。
「これはこれは、ご丁寧に。母の瑠美と申します。そのぉ……結構いい値段の壺とか売ってたりします?」
「つ、壺ですか? 今日は持ってきてないですね!」
「いつも持って来てねぇだろ。安心しろお袋。こいつ見た目はこれでも中身はちゃんと終わってるから」
「アンタと一緒……ってコト!?」
「おい」
瑠美から十河は詐欺師と疑われたうえ、美保は終わってる判定をされていた。
出来る限り場をかき乱した瑠美はお茶を入れた後、十河からの茶菓子を1つだけ貰って部屋へと帰っていった。
「面白いお母さんだね」
「アホって言ってもいいぞ」
美保は十河の茶菓子をバリボリと食べながら興味なそうに返事をした。
「先輩に聞いて家まで来ちゃったけど、今日は何する?」
「アタシとお前は別に接点ねぇからな。もう解散でいいんじゃね」
「私、お土産持ってきただけ!? 壺売りより怪しくない? ……西宮先輩はペナルティあるって言ってたよ?」
「ふむ……」
明晰な頭脳とものぐさな性格を掛け合わせ、その答えは一瞬で導き出された。
「よし。デートを偽装しよう」
「せ、政治家志望の発言じゃない……」
美保はスマホで適当に『G○○gleマップ』を開いて十河と眺める。
「どっか行きたいとこある? どこでも連れてってやるぞ」
「うわぁ……私、こんなにワクワクしないデートは初めてかも」
一応、自身のスマホでもそれっぽい所を検索した十河はいくつか提案をする。
「じゃあ、ここ。この喫茶店のラテアートが可愛いんだってー」
「待ち時間が長そう。却下」
「……じゃあ、ここ。可愛い雑貨がたくさんあるらしいよ」
「人が多そう。却下」
「…………じゃあ、ここ。限定コスメがたくさんあるんだって」
「場違い感すごそう。却下」
「全然外出る気ないじゃん!? 『どこでも連れてってやるぞ』とは!?」
妄想ですらひたすらに選択肢が絞られた十河は憤慨する。
そのやりとりは休日に日本全国の夫婦間で見られるやりとりと酷似していた。
しかし、何故か開き直ってやれやれといった様子をしている美保は釈明をする。
「まったく、アタシがそんなとこ行ったって言ったら嘘だって即バレるだろ」
「じゃあ、何処なら連れてってくれるの?」
「いいか、本当に頭が切れる奴が選ぶのは――ここだ」
そう言って美保が指差したのは……『ラウンドテン』だった。
「いや、絶対行かないじゃん」
「普段体を動かさない奴ほど衝動的に体を動かしたくなる時があんだよ」
「だったら公園とかで良くない? なんでラウンドテン?」
「バカだなお前。もし東堂さんたちが公園でデートしてたらどうすんだよ? その点、ラウンドテンなら西宮さんはまず行かない」
「なるほど?」
確かに十河の考えからしても西宮がラウンドテンに行くとは考えにくい。
しかし彼女には1つ、懸念材料があった。
「……衝動的に体を動かしたくなってたらどうするの?」
「いやいやいやぁ~。それがこのタイミングで重なるなんてこたぁ天文学的な確率だぞ?」
「まぁいいけど。じゃあ、適当に口裏合わせるね」
「偽装工作は任せとけ。とりあえず、適当にロデオ乗った後に十河がボクシングマシーンやってた事にするか」
その後、十河は本当にお茶を一杯飲んだだけで帰っていった。
***
――そして数日後、彼女たちの嘘は何故か2秒でバレた模様。
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