第234話 西宮さんのNGワード その②
「今日は企画を持ってきたわ」
何処かで聞いたことのあるフレーズだが、今度は本物である。
「……どうしたの西宮さん?」
昨日の百合宅への訪問から、本日は北条さん家の美保さんをお伺いしていた。
尚、この時点の長女は浮かれた状態で東堂とお出掛けしている模様。
ちなみに母の瑠美は今日も在宅している。
北条家では5/4と5/5に1泊2日で旅行に出る予定があるので、それまでは瑠美は家でのんびりと休養するらしい。
「今日、私はあなたの姉貴よ」
「ちょっと意味わかんないす」
「でしょうね。説明するわ。私は全員のゴールデンウィーク中の予定を把握しているのだけど、茉希は中々にハードスケジュールでしょう?」
「うん」
「そんなあなたの姉成分が不足するだろうと思って、今日は私が姉貴になるわ」
「ごめん、急に分かんなくなった。どゆこと……? 西宮さんが姉貴の代わりになるってこと」
「そうよ。その為に万全な準備をしてきたわ」
西宮は来訪時から持っていた怪しいトランクから金髪のウィッグを取り出す。
「まずこれは特注で作った茉希変身ウィッグよ。シャンプーやトリートメントも北条家で使ってる物と同じもので何度も洗髪してあるわ」
美保がウィッグを手に取ってくんくんと匂いを嗅ぎながら手触りを確認した。
「……あ、姉貴ッ!?」
「え。もう?」
そして続いて出したのは北条が普段着ている部屋着と全く一緒の部屋着。
こちらも同じ洗剤・柔軟剤を使ってある。
西宮家に潜む忍者兼執事監修の元、職人にタンスの匂いまで再現させた逸品だ。
職人の無駄遣いとはまさにこの事である。
「す、すげぇ!! この質感、この匂い、完璧に姉貴のだ!!」
「……あなた、普段から姉の衣服を隠れて嗅いだりしてないわよね?」
明言を避けた美保だが彼女はここで恐ろしい提案をする。
「てか、姉貴居ないんなら姉貴の服着ればよくね?」
「……!! そこに気付くとはやはり……あなたは天才ね」
こうして西宮は妹承認の元、北条の服(本物)を着る事になった。
ちなみにレプリカとはすり替えた模様。
***
「おいで、美保」
「あ、姉貴っ」
西宮のモノマネをしていた北条も、まさか自宅で西宮が北条のモノマネをしているとは思わなかっただろう。
偶然にも2人は同じ日にお互い同じような事をしていた。
「うーん……」
しかし、東堂もそうであったように美保もなんかコレジャナイ感を感じているらしい。
「なんか……ふかふかと言うか、ぽよぽよと言うか」
「ぽよぽよはやめなさい」
「あ。でもこれはこれでなんか落ち着くかも……」
西宮の大きいお胸に顔を埋める美保は深呼吸して姉成分を摂取する。
姉には遠く及ばないものの、ちょっとした栄養補給くらいにはなった。
「声と顔と体型としぐさ以外は完璧」
「……人形でいい、ってことかしら?」
もはや、ほぼ西宮である必要はなかった。
「じゃあ、なにか茉希っぽい行動とかは無いかしら?」
「うーん? 料理とか洗濯とか?」
「チェンジで」
「……うーん、じゃあアレ! 股の間に座ってゲームする奴」
「それよ。間違えたわ。それな」
「に、似てない……」
西宮は早速、美保を股の間に座らせてゲームをしてみた。
「なんか凄い狭いし熱い……」
「で、デブみたいに言うのはやめなさい!! 私にもNGワードはあるのよ」
そうなってしまうのも仕方は無い。
先ほど美保が抱き着いた時はまだしも、今の西宮は美保を後ろから抱えようと腕を畳んでいる状態。
先ほどよりも胸が強調され、美保との間にはちょっとしたバリケードが出来ていた。
ちなみに彼女の名誉の為に言っておくと、彼女はまったく太ってはいない。
ただ巨乳の宿命として、瘦せ型という事はないので若干ぽよるのは許してあげて欲しい。
「ご、ごめん! えーと、えーと……わかった! 姉貴が枕だとしたら西宮さんはビーズクッションってかんじ!」
「……デブって事?(怒)」
「あ、あー!! 訂正!」
その後も美保の心無い言葉は容赦なく西宮に突き刺さっていた。
***
「他にやって欲しい事はある?」
「まぁ、他に姉貴がする事と言ったらおでこにチューしてくれるくらいかな」
「……!! 任せなさい。ここに来て一番得意な奴が来たわ。おでこと言わずディープでも良いわよ」
「あ、アホか!! 付き合ってもないヤツとベロチューする奴なんて居ねぇだろ!!」
一方その頃、姉は付き合ってもいない友人に舌を捻じ込まれていた。
「まぁそもそも姉妹はキスしないのだけれど。いいわ。おでこを出しなさい」
こちらも何処かで聞いたことのあるフレーズを使いながら美保に要求をする。
美保も抵抗なくおでこを差し出したのだが、ここで目を瞑る美保を見て西宮の魔が差した。
いつものやつである。
「ん……」
「ッ!?!?」
――バシッ!!
「な、なんで口にした!?」
「狙いが逸れたわ」
「エイム悪すぎだろ!! こっそり姉貴の寝込みを襲ってなかったらファーストキスだったぞ!?」
衝撃の事実も発覚したが、彼女のファーストキスが西宮ではなかったのは不幸中の幸いだった。
ちなみに姉の方は……ご愁傷様です。
西宮の方は満足気で流石のガチレズの風格が出ていた。
「ふぅ。今日これくらいにしましょうか。あなたも茉希のモノマネが上手いようね」
「なんでやりきった感出してるの……? え、謝罪する気一切なし?」
その後、西宮は本当にやりきった感だけ出して去っていった。
「……え?? け、結局あの人何しに来たの??」
付き合いが浅い美保にはまだ理解出来ていないが、これこそが西宮である。
***
余談だが、西宮は北条の部屋着(本物)を着たまま帰った。
職人の努力は無駄になると思えたが、その後北条は部屋着(レプリカ)について言われるまで気が付かなかったので職人の皆様には胸を張って頂きたい。
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