第231話 なんと彼女たち、付き合ってないんです


待ち合わせよりだいぶ早く着いた北条は駅で南雲を待つ。

時期的にもちょうど一年前のあのデートが頭に浮かんだ。


あの日、南雲にお持ち帰りされたからこそ今の北条があると言っても過言ではない。


思えばあの時、東堂と南雲が修羅場を起こしていなかったら。

もしかしたら彼女たちは親友にはなれなかったかもしれない。

出会いから奇縁な事に彼女たちの友情は今も尚、修羅場の上にて成り立っている。


思いに耽る北条の元に、ほぼ時間通りにやって来た南雲は謎に軽快なステップで忍び寄った。



「だーれだ!」


「……優? そのパターンの『だーれだ?』は初めて見るわ。可愛いが過ぎる」


南雲は最終的に正面から抱き着いて北条の胸に顔を埋めていた。


「えへへー。ありがと!! 茉希ちゃんも可愛いよ!!」


「お、おう。あんがと……。 そんじゃ行くか」



冒頭でシリアスっぽい雰囲気を演出したが、

今日の内容は珍しく甘々なのでブラックコーヒーをご用意頂きたい。



***


今日は一年前のデートと同じようなコースを回るという事で、まずは昨年も同様のアミューズメント施設『ラウンドテン』に来ている。



「なっつ。確か、あん時はボーリングしたんだっけ。いまも繊細な球技とかはダメなんだよな?」


「うん。バットとかで何かを破壊するスポーツとかなら出来るかも」


「格闘技でもそんなもんは無い」



そんなものは無いが、今回遊ぶ施設はそこまで繊細なものが要求されないところに行くことに。

まずは、壁に映し出される映像の形と合うようにポーズを取るゲームをしてみた。

たまにバラエティー番組で見る穴の開いた壁が迫ってくるアレである。


北条がこの施設を選んだのは、あくまでもルール内で南雲に抱き着けるからである。

そんな回りくどい事をしなくても南雲は抱きしめるくらいは了承すると思うが、なんとなく面と向かって言うのは恥ずかしかった。


ゲームが始まると、



「茉希ちゃん!! もっと抱き着いても良いよー。ふんッ!!」


「すげぇ体勢だな……てか、体幹つよ!?」



難しい体勢の南雲は、まるで地面に固定されている柱のような安定感があった。

全体密着率が高いこのゲームで北条は幸せ成分を過剰摂取しているが、最後も最後で床ぎりぎりの位置で小さな丸が空いているという内容だった。


(こ、これはド密着になるんじゃね!?)


案の定、南雲はノリノリで床に寝そべり両手を広げて北条を迎え入れる。



「茉希ちゃん!! かもん!!」


「げ、ゲームだもんな? 真面目にやらないとな?」


北条は覆いかぶさった後に南雲の背中に両腕を回す。この女、大概である。


「この体勢だと画面見えないね! もっと密着しよっかー、ぎゅー!」


「はわっ、し、幸せ過ぎて死ぬ……」



こうして、南雲とイチャイチャ出来るようなチョイスのゲームを北条は周りまくった。

大概である。


まぁ、当の南雲はかなり楽しんでいた模様。



***


そして、お次はゲームセンター。

音楽ゲームやガンシューティングをひとしきり楽しんだ後は満を持して写真シール機へと辿り着く。


(よ、ヨシッ。気合い入れて行くぞ……ッ!!)


前回のチュープリ事件の時は若干の戸惑いの色を滲ませていた北条。

今回は多少は可愛く写ろうと気合が入る。



しかし――



「せっかくだし、今回はガチのチュープリにしようよ! ここでのチューは本日のチューにノーカン!」


「なん…だと…?」



『本日のチュー』とは南雲と北条の間に交わされるキスの一日の制限回数である。

現状は『1』に設定されているが、これ以上すると東堂とは浮気になってしまうらしい。


そんな制限などなくても世間一般ではそれを浮気と呼ぶのでお2人には安心してキスして頂きたい。



「じゃあ、撮るよ茉希ちゃん。手で一緒にハート作って……ちゅー♡」


「ん、んぅ……(←尊死)」


ところが出来上がった写真は北条が日和った為、中心から逸れている。


「これは撮り直しだねー……どうしよう? チューしながら横目で位置調整する?」


「し、しながらッ!!??」



当然、ここでも北条は日和ったので息継ぎを挟んではキスし、位置調整の為にまたキスをして息継ぎをするという無限ループに陥っていた。


まぁ要するに死ぬほどイチャイチャしているのである。


ただし、無限ループとは言っても写真シール機さんにも我慢の限界はある。



――パシャッ!!



「「 あ。 」」



その音はまるで冷や水を掛けられたが如く。

無情にも強制退去させられた2人は写真を受け取る。


そこには、夢中でキスをする2人がしっかりと写真の中央に収められていた。



「想定と違うものが撮れちゃった……な、なんかエッチだね……?」


「だ、だな。 ……もう一回入って撮り直す、とか?」


「……茉希ちゃんのえっち」


「だ、だよな!! それはちょっと調子乗ったな!! よし、次行こ!!」



動揺しつつも北条は大切に大切に写真をカバンにしまった。



***


それから少し遊んだ後、晩御飯を食べに手頃な飲食店に入った。

当時は『オリーブ』で晩御飯を食べたのだが、今となっては一ノ瀬後輩の目もあるのでなんとなく気まずい。


ご飯を食べ終わってゆっくりと雑談をしていた2人。

なんとなくいい感じの雰囲気を悟った北条は今日のお礼をした。



「今日はありがとな。やっぱり俺……好きだよ。優の事」


「あ……。」



そこで偶然にも南雲はあの時のように涙を流す。



「ええっ!? ど、どうした優? 大丈夫か?」


「ちがっ……うっく。わた、ワタシ、今までちゃんと茉希ちゃんに好きって言ってない事に気付いて……」


「……え? ああ、そういう? そ、そんなん別に良いって……ほら、まぁ俺浮気相手だし?」


「……え? ああ、そういう? そ、そんなん別に良いって……ほら、まぁ俺と恋したら浮気なんだろ?」


「……それでもっ。茉希ちゃんもあーちゃんとおんなじくらい好き!!」



北条はキュン死しかけているが冷静に考えて欲しい。

南雲が言っているのは割と普通に二股宣言である。

しかし、北条本人に公言した南雲は涙を拭いて清々しい表情をしている。



「今までのお詫びにたくさん言うね! 茉希ちゃん大好き!」


「お、俺も……好き」


「好き好き! だーい好き!!」



「はわわ……しぬ……」



本日、何度か死にかけていた北条だったが最後は無事に昇天した。

その後、北条は自宅に帰った記憶が無かったが、翌日記憶を辿るとなんとなく美保がキレ散らかしていたのだけは覚えていた。



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