第228話 はじめてのおつかい


ある日の昼休み。

普段通りに昼食を取った後、4人は次回の家庭科部で何を調理するのかを談義していた。


……はずだった。


今日も今日とて争っているのだが、本日争っているのは珍しい組み合わせ。



「絶っ対! 麗奈の方がちゃんと出来るよ!」


「いーや! 優の方がマシだろ!」



ちょっと離れて飲み物を啜っている2人は、老後に縁側で行うひなたぼっこをしている老夫婦ように遠い目で彼女たちの口論を眺める。

遠巻きで見ている2人が何故このようになっているのかと言うと、それは争いの次元が色んな意味で低レベル過ぎたからだ。



「この前、麗奈なんてヨモギとトリカブトの違いだって知ってたんだから!!」


「食べれるのがヨモギ、食べたら死ぬのがトリカブトよ」


「食ってたら意味ねぇじゃねぇか!! いいか? 優なんてこの前、タマゴタケとベニテングダケの違いを解説してくれたんだぞ!」


「美味しいほうがタマゴタケ、食べたらまずいほうがベニテングダケだよー」


「それは解説でもなんでもないよ!!」



贔屓目全開で自分の思い人をヨイショする2人は低次元の争いを繰り広げている。

それが自分の思い人を貶めているとも知らずに。



「優に買い物行かせたら長ネギと玉ねぎの違いだって分かるぞ!!」


「いやいや、麗奈は切り身なら白身魚と赤身魚も見分けられるからね?」


「いやいやいや、なんかしょーもない事言ってますけども、優。言ってやれ」


「え。特に言う事は……」


「麗奈もガツンと言ってあげてよ」


「言いたいことは何一つ無いわよ」



このような流れで、珍しく争った2人は思い人をおつかい対決へと巻き込んだ。

巻き込まれた2人からしたらいい迷惑である。



***


百合ひゃくあにも許可を貰い、2人にはおつかいを行ってもらう事に。

簡単なルールとして、


・料理名を言ってはならない

・店員さんの手を煩わせてはならない

・いかなるものを買ってきても最初に決めた料理に寄せる事


これを基本として明日、東堂と北条が料理を作って勝負をする。


尚、家庭科部はsupported by 西宮財閥なので丸女でも一番部費が潤沢な部活動である。

必要経費はそこから落とされるのでその点は安心して頂きたい。


そしてそんな2人に課せられたおつかいの品目数はなんと――



――3種類。



南雲が、ピーマン、合い挽き肉、玉ねぎ。

西宮が、牛乳、合い挽き肉、玉ねぎ。


簡単な料理なので、他の細かな調味料は家庭科室に置いてあるもので間に合う。



「いいですか、2人とも。授業でも言いましたが、玉ねぎの選び方は……」


「ちょっと今話しかけないで、余計なノイズが入るわ」


「の……ノイズ!? 買ってくるの3種類ですよね? そんな職人みたいな事言われても……」


「馬鹿にしないでよ百合先生。ワタシたちをそんじょそこらの素人とは一緒にしないで欲しいね」


「おつかいのプロとは?」



百合も心配する中、果たして2人は無事3種もの品を揃えられる事が出来たのだろうか。

約一時間後、先に帰って来た西宮の内容から見てみよう。



「明里、一つ残念なお知らせがあるのだけど」


「う、うん?」


「『あいびき』? という生き物の肉のコーナーは分からなかったわ」



東堂にとって一番残念なお知らせは、西宮が合い挽き肉が『あいびき』という生き物の肉だと思っていたという事だ。

これには百合ひゃくあ先生も絶句である。



「そうだよねぇええええ!! 調理前のお肉なんて見た事ないもんね!! 僕の説明不足だったよ!!」


「東堂さん。しっかりしなさい。失態ですわよ」


「えっ……! えっ……? 西宮先輩、嘘ですよね?」


「勝ったな。これは」



ちなみに西宮は代わりに直感で牛肩ロースを買ってきたらしいので東堂はこれを人力でひき肉にする事にした。

他にも細かい点で言えば、牛乳は種類が多く迷った為、一番高そうなのを選んできた結果それは生クリームだった。

玉ねぎだけはなんとか無事買えたらしい。


お次は南雲選手。



「優? わりぃ、俺はせめてパプリカくらいは覚悟してたんだけど」


「う、うん……」


「これ……茄子だよな。俺、肉詰め作りたかったんだけど」


「ごめん。実はワタシ、ピーマン嫌い! Noピーマン、Noライフ!」


「それはピーマン好きな奴が言うセリフな? 姉貴、こいつアホだぞ」



買ってきたもので料理をする=買ってきたものは食べなければならない

これを瞬時に察した南雲ちゃんはピーマンを全力で回避した。



「そうだよなぁあああ!! ピーマンって何か苦いしな!! 器なんてなんでも良いんだから任せろ!!」


「おい、姉貴。アタシに人参食わせてる時と言ってること違うぞ。南雲の口にもピーマン捻じ込んだれ」


「ちょっと北条先輩っ! ちゃんと先輩の好きなものを作って下さいね!」


「ピーマンが無いピーマンの肉詰めを作ろうとしてる時点で麗奈の勝ちなのでは?」



こちらも細かい点言うなれば、普通の玉ねぎで良いものを何故か玉ねぎスライスサラダを買っていたので北条は無理矢理みじん切りにして使うハメに。

尚、合い挽き肉は奇跡的に買えた模様。



***


翌日、東堂のハンバーグと北条の茄子の肉詰めは部員全員でおいしく頂きました。

勝負の方は百合にどんぐり背比べと評された。



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