第220話 春の七草
「何故私が怒っているのかは分かりますね?」
正座する家庭科部員の前で
昨日バイトで不在だった北条と代わって本日は東堂がバイトでお休み。
彼女にしては運が良く、逆に北条は昨日何が起きたのかを把握していないのに理不尽なとばっちりを受けている。
「西宮さん、分かりますか?」
「私たちが春の七草を集められなかった事に怒っているのよね?」
「…………集めてたんですか?(怒)」
「まぁ探そうという気持ちは心の何処かにはあったのよね」
昨日、家庭科部はバスケ部に道場破りに出掛けていた。
しかしながら百合に残された書置きは、『春の七草を探しています』であった。
その後当然、家庭科部の所業は百合の耳にも入り、現在に至る。
「分かりました。では、当てていくので一つずつ春の七草を言ってみて下さい。北条さん」
「俺も!? 俺は全然関係な……」
「……何か?」
ギロリ、と有無を言わさぬ視線を送る百合。
「あ、すいません。文句ないです……じゃ、じゃあ、セリ!」
「十河さん」
「ナズナです」
「四方堂さん」
「ゴギョウだったかしら?」
「美保さん」
「ハコベラ」
「ちょ、ちょっと待ってよ百合先生! この順番に悪意を感じるよ! 後の方が不利じゃん!」
「不利、とは?」
青筋を浮かべる百合は敢えて外すであろう問題児を後に回していた。
何だか良く分からない言いがかりをされてるしで青筋は増える一方である。
「だって7つある答えの内の4つがもう出ちゃったんだよ!? 私たちが当たる確率が減っちゃったじゃん!!」
「なるほど。では、近しい答えは出せる、と。南雲さん、どうぞ」
「こっ……、高麗人参??」
南雲は昼休みに購入したエナドリからインスピレーションを得ていた。
百合の眉間に皺が寄る。
「……一ノ瀬さん」
「タンポポは流石に入ってますよね……?」
百合の口元が引き攣っている。
「…………西宮さん」
「安牌を切るなら……、芝ね」
「違いますッ!! セリ・ナズナ・ゴギョウ・ハコベラ・ホトケノザ・スズナ・スズシロです!! 七草知らないのに探すも何も無いじゃないですか!!」
遂に百合がキレた。
しかし、ニアピンとは程遠い見当違いの答えを出した3人は何故か分かってる風な感じである。
「なるほど。そっちね」
「はいはいはい。表の方だねー!」
「表も裏もありません! 大体、裏ってなんですか!」
「えーと、芝・タンポポ・高麗人参、それから……ハトムギ・玄米・月見草・ドクダミです!」
「半分くらい爽健○茶に持ってかれてるじゃないですか!」
裏の七草を提唱する3人に呆れつつも百合はコピーしてきた写真を貼りだす。
正座から解放した部員に着席を促してホワイトボードに書き込みながら講義を始めた。
「七草がゆ、というのは聞いたことがあると思いますが、何故7種類の野菜を食べると思いますか?」
「7つ集めると願いが叶うからよ」
「叶いません。無病息災や五穀豊穣を祈るためです。そして、それを食べるのは1月7日です」
「冬じゃん。え、詐欺?」
「詐欺じゃありません……! 現在の暦で言うと冬になります。裏だの表だの言う前に、そう言う事を知ってから書置きしてください!」
「す、すいませんでしたー……」
昨日の下らない書置きに対してここまで親身になって『春の七草』について教えて頂けるとは、部員たちは百合にまったくもって頭が上がらない思いではあった。
「もし活動内容が決まらないんだったら、こういう行事のお料理をしながら勉強を……」
「結構よ」
「『結構よ』!? え、どの口でそれを言えるの!?」
頭は上げずともそこはしっかりと否定する西宮。
突如キリッとした彼女は百合の隣に立ちホワイトボードを叩く。
それに合わせて南雲もスクッと立つ。
「勉強をするくらいならさっさと活動内容を決めるわよ」
「はい。もうおちゃらけタイム終了ねー。こっからは真面目にー」
そこからの西宮と南雲はテキパキと部員に指示を出してあっという間に活動内容は決まっていった。
***
「ざっとこんなものよ」
「……出来るのなら最初からやってください(怒)」
「西宮。もう、お前が部長で良いよ」
頬をぷくっと膨らませた百合が可愛らしく怒った。
ホワイトボードには何やら活動内容がたくさん書かれているが、総括されたスローガンにはこう書かれている。
――『地域社会に貢献して、より良い家庭づくりを提供します』
「……で、このそれっぽいフレーズはなんですか? 結局、何をする部活なんですか?」
「狭義では料理や裁縫を主軸としているわ」
「ほう。いいですね。では、広義では?」
「なんでもするわ」
「今までと変わらないじゃないですか!!」
何やかんや話した結果がこれであった。
これは適当に決めたというよりはやりたいことが多すぎて収集がつかなかったという方が正しい。
「まぁ、ほら。最初からあんまりガチガチに決め過ぎると料理や裁縫しか出来なくなってしまうでしょう?」
「……それの何が問題なんですかっ!? 余計な事をしないでください!!」
「でも、せんせー! それだと地域社会への貢献がー……」
「やかましいです!! そういうのはまず学園に貢献してから言ってください!!」
こうして、百合の神経を摩耗させながらもなんとか方針は決まった。
ある意味、この魔物たちを野に放たなかった百合こそが地域社会に一番貢献しているという説はある。
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