第209話 最も効率的な交換方法


植物園を出て軽くお昼ご飯を済ませた東堂と南雲。

次に向かうのはイチゴ狩りなのでそこまでガッツリは食べていない。


電車とバスで小一時間程度の移動する事に。


その間、ゆったりと窓の外の景色を眺めながら雑談をする。



「あーちゃんってさ、最近女遊びしなくなったよね」


「ゆーちゃん!? 最近どころか今までだってした事無いよ!?」



但し、内容がゆったりとは限らない。



***


丸女入学前の東堂は、それこそ毎日女をとっかえひっかえしていた。


……訳では無く、


色んな場所で色んな人の要望に応えていた。

例えば一ノ瀬との出会いもあったバスケ部、例えば生徒会のお手伝いなど。

分け隔てなく人と関わっていた東堂は毎日色んな関わりがあった。


それが今ではほとんどの時間を3人の内の誰かと過ごしている。


バイトがあるから、という理由もあるが一番大きいのは西宮の存在だろう。



「そう考えると、ゆーちゃんと一緒に居る時間って学園に入ってからはかなり増えたのかな?」


「た、たしかに……今日は名前を言ってはならないあの人西宮さんのせいであーちゃんとの時間は少なくなってたと思ってたけど、一体ワタシは今まで何を……ッ!」


「ま、まぁそれを言ったら僕も……」



2人はここ一年の意中の相手との関係の進展に打ちひしがれていた。

多感な年頃故、一年はより濃密により長く感じるもの。

そんな長い一年に成果もないとなればショックは大きい。



「あーちゃん好きっ! 大好きだから!」


「ゆ、ゆーちゃん? いきなり何を……」


「いや、最近のワタシは腑抜けてたよ。あーちゃんと関わる時間が増えてたのに、ちゃんと好きを伝えきれてなかった!!」


「あぁー……なんかゆーちゃんらしいね。でも、そういえば僕も最近ゆーちゃんに言ってなかったね」



力を抜いて息を吐いた東堂は南雲の目を見る。



「ゆーちゃん、大丈夫。僕も好きだよ」


「ひゃわっ……わわわ、け、結婚ってこと!?」


「ち、違うよ?」



自分に都合の良い南雲の解釈は相当に飛躍していた。

東堂にとって、この『好き』がどんな『好き』かは分からないが、お互いの好きを交換出来るのは心が満たされる気持ちだった。



「……そういえば、麗奈にも最近好きって言ってないかも」


「あ」


「ん? あっ……」


「ピピーッ!! 東堂選手、ペナルティの詫びチュー1つです!! んーーっ」


「ちょ……ゆーちゃん、こんな所じゃ……」


「え、じゃあ別の場所ならいいの? 約束だからね!!」



言葉狩りをする南雲は強引にキス権利を手に入れる。

ちなみに、東堂は周りの目を気にしての発言だったのだが、既にバスの車内で2人は温かい目で見られていた。



***


2人がイチゴ狩りでイチャイチャとお互いに食べさせあったりしていると、またも周りからは温かい目でそれを見られていた。

目的地が一緒だったのか、先ほどバスに同乗していた者はここに何らかの塔を建てようとしている。



「持ち帰りも出来るみたいだよ。僕は姉さんたちに持って帰ろうかな。飲み会で酔いつぶれてないといいけど……」


「つぶれてそー……ワタシはどうしよ。茉希ちゃんに持って帰ろっかな」


「うーん? 僕とのデートでのお土産はちょっと心境的に複雑じゃない?」


「そ、そうだよね。ありがと、あーちゃん」



シンプルな善意で北条を傷つけずに済んだ事を南雲は感謝した。

しかし、東堂はちょっと不機嫌な顔を作ってみせる。



「どういたしまして。でも……ゆーちゃんがマキの名前を出すのはセーフなんだ?」


「はッ!? ワタシはなんて事を……詫びチューだよね!? んーーーっ」


「あ、いやいや! そういうつもりで言った訳では……!」



冗談でむくれて見せただけだが、とんだ墓穴を掘る事になった。

その一部始終を見ていた周りは……



((((て、てぇてぇ~~~))))



イチゴ以外にも甘い収穫があった模様。



***


イチゴ狩りが終わり、のんびりと帰った2人は夕方頃に東堂のアパートの前に着く。



「今日はありがと! 楽しかったよ!」


「こちらこそ。またデートに行こうか」


「え、行く行く! 明日で良い!?」


「そ、それはちょっと気が早すぎると言うか……」


「冗談、冗談!」



ちなみに目はマジだった。

ただ、とても喜んでくれているようで東堂は温かい気持ちになった。



「じゃあ……お別れの前に詫びチューだね! んーーーっ」


「あ、その制度まだあったの!? わかったよ。じゃあ頬にするね」


「やったー!」


「今日はありがとね。ゆーちゃん……」



東堂が顔が近づけた瞬間、南雲はさりげなく顔を捻って東堂の唇に狙いを定めた。



「……んむッ!?」


「……んっ」



本当に短い間だけ触れて南雲はスッと距離を取る。

イタズラっ子のような満面の笑顔で南雲はその場でクルッと回って手を振った。



「これでお互いの詫びチュー交換だね! またねー!」


「もう……ゆーちゃんは。うん、またね」



ちなみにこういうキス、もといイタズラは初めてではない。

最近は無かったので油断していたが、幼少期の頃からこういうイタズラをする南雲を思い出して東堂は、なんだかんだ言ってほっこりしていた。



***


南雲が自宅へと帰宅すると自室の扉の前で十河が体育座りで泣いていた。

しかし、南雲が帰って来たのを見るとパッと顔を上げて寄ってくる。



「先輩っ!! 良かった……私、何処を探しても居なくて攫われちゃったと思って……」


「ワタシだって外出することはあるよ」


「で、でもっ、着けてた発信機の反応もなくなってたので……しかも、警察にそう言ってるのに捜索願を受け取ってもらえなくて! それなのに、何故か私が事情聴取されそうになって……! 日本の司法は終わってます!」


「いや、ちゃんと機能してるみたいだよ」



泣き腫らした十河の目尻を見て南雲は申し訳ないな、


とはまったく持って思わなかったが、

丁度良くお土産を持っていたのでこれで誤魔化す事に。



「今日は用事のついでに後輩にイチゴを買って狩って来たんだよ。はい、これ」


「えっ……せんぱぁい♡ ま、まさか私の為に……?」


「うーん。まぁ、セーラちゃんと分けて食べてね」



「………………………………はい!」



笑顔でイチゴを渡した南雲は、

『こいつ絶対1人で食べるだろうな』と思いつつも、

十河が感激している隙に別れを告げて速攻で扉を閉めた。



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