第208話 ラブコメなのに久々のデート回


土曜日、百合が飲み会に向け決意を固めている中、東堂と南雲はデートに出掛けていた。

後輩……と括るよりは主に十河に聞かれない為に、後輩たちが居る時にはデートの話題は出さなかったのでお忍びデートのようになっている。


南雲は服はもちろんのこと、所持品は靴に至るまで徹底的に発信機の有無を確認してから自宅を出た。

そして待ち合わせ場所である東堂のアパート前に到着すると、



「おはよう、ゆーちゃん。まだ15分前だけど、早いね……結構待ってたり?」


「あ! おはよう、あーちゃん! ううん、ワタシも今ちょうど着いたとこ!」



ほぼ同じタイミングで、東堂がアパートから出て来た。

これぞ長年付き合う幼馴染の為せる技だ。


……まぁ、当然そんな訳はなく、東堂の寝室に仕込んだ盗聴器で彼女が起きたタイミングから逆算して行動しただけである。


一応、準備時間がドンピシャだった点は幼馴染スキルとも言えるかもしれない。



「あーちゃん今日もカッコいい! あ! ピアス着けてくれてるんだ!」


「うん。せっかく貰ったしね。……どうかな?」


「すごく似合ってるよ! もうそれ毎日着けて学園行こう!」


「ありがとう。でも、毎日はちょっと……」



東堂は南雲から貰ったフープピアスを着用していた。

服装もおしゃれで清潔感があるのだが、あの汚部屋のどこにそんな服が隠されていたかは謎である。



「ゆーちゃんも凄く可愛いよ。今日はいつもにも増して、ね」


「きゃー! じゃあ付き合っちゃう!?」


「そ、それは……麗奈からOK出た後かな……」


「くっ……! あ、ちなみに今日のNGワードは『西宮』と『麗奈』ね。デート中に他の女の名前は出しちゃダメ!」



南雲からしたら予想された返答が帰って来ただけなので軽傷だったが、その少しのダメージを癒す為に東堂の腕に抱き着く。

こうして、2人は目的地へと向かいデートを始めた。



***


本日はまったりデートという事で、午前の部は植物園でお散歩デートである。

2人きりで花を眺めながらまったり歩くだけだが、最近ではそんな些細なことも少なったので南雲にとっては嬉しかった。


何種類かの桜が植えてある桜並木を歩く。

散ってしまった木もあれば、まだ蕾のままの木もある。

そんな中、今なお咲いて散りゆく桜を見てしみじみと南雲は呟く。



「昔、ワタシたちはこんな風に桜が散る中でキスした事があったよねー」


「なかっ……たかな。うん、なかった」


突然の誤情報に東堂は一瞬戸惑ったがすぐに冷静になった。


「……昔、付き合ってた頃はよくキスしてたのにね」


「うん……多分それは事実が捏造されてるね」



最近の南雲はちょくちょく東堂に偽りの情報を流し込み記憶の改竄を図っていた。

ただ、東堂の脳内SSDはウィルスソフトに対する防衛機能も万全なので中々ハッキングは出来ていない。


東堂はそんな南雲のスパム攻撃をブロックしながらでも、久方ぶりの南雲とのひと時を満喫していた。



「ふふっ。でもなんかこの感じ懐かしいね。入学前はいっつもこんな感じで一緒に居たよね」


↑ちなみにこれは東堂の正しい情報。



「そうだよねー。2人で同居してた頃はいつも一緒だったもんね……」


↑ちなみにこれが南雲の誤った情報。



この噛み合ってるようで噛み合っていない会話の感じすら東堂には懐かしかった。

会話の間、逃すまいとずっとギュッと必死に腕を抱いているのも昔と変わらない。


……尚、たまに結構痛い時もあるらしい。


それでも東堂は、家族以外では一番長く一緒に過ごしたであろう南雲と居るとすごく気持ちが落ち着いた。


それが友情か愛情かは分からないが、東堂は南雲と居る時が一番安心するのである。



***


一方その頃、北条のスマホに通知が届く。



『今日、明里と南雲さんはデートに行ってるらしいわね』



どういう脈絡なのかは分からないが、謎の報告に困惑する北条。



『だろうな』

『てか、教室で4人で話してたんだから知ってるわ』


『植物園を歩いた後にイチゴ狩りへ行くそうよ』


『ふーん、いいじゃん』


『ところで、私は明日ヒマなんだけど』


『ふーん、いいじゃん』


『今日、明里と南雲さんはデートに行ってるらしいわよ』



「…………」



スマホを眺める北条は西宮が何を言わせたいのかを完全に理解した。

一応、明日はバイトの予定はない。

と言うか、西宮は北条と東堂のシフトを店長から横流しされている可能性が高い。


おそらく、分かって誘っているのだろう。

正確に言うなら、

誘ってくれる事を誘っているのだろう。


なので北条はそのままこの女の思い通りになるのも癪なので意地悪してみた。



『わかった。そんじゃ海でも見に行くか』


『仕方ないわね。あなたから誘ってくれるなら』


「こいつ、返信はや」


『でも、流石に海はまだ寒いわ。別の場所にしましょう』


『そうか。完全に海の気分だったから海以外だったら明日はやめておくか』


『……待ちなさい』

『あなた、そういう事をするのね。分かったわ。海ならいいのね?』


「あ、やべ……」



調子に乗った北条は忘れていた。

この女も『そういう事』をしてくる女だと――



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