第207話 僕と俺。選ぶならどっち?


放課後、バイトで抜けた東堂以外の7人は例によって家庭科室に集合していた。



「いいか、お前ら。今日こそ家庭科部の活動内容を決めるぞ」



家庭科室のホワイトボードの前に立つ部長は真剣な顔つきでマーカーを持つ。

その空気に当てられた周りの面々も、

『やれやれ、今日くらい真面目にやったるか』という雰囲気になっている。



「よし。これ以上、百合ひゃくあ先生にも迷惑を掛ける訳には……」



そんな状況の中、遅れて来た百合が家庭科室に気まずそうに入って来た。



「あ、あのぅー……皆さんに折り入ってご相談が……」


「お疲れ様です。百合先生。今日こそはしっかりと活動内容を決めますよ」


「あ、あーっ……と、その、大変私事で申し訳ないのですが、本日は私の相談に乗ってくれませんか……?」


「…………それってもしかして、家庭科部の活動と関係ないとか?」



目線を逸らして冷や汗を流す百合はコクリと頷いた。



***


本日はなんと顧問直々に活動のお邪魔をして頂いているのだが、彼女がする相談の内容はもちろんアレである。



「え! 百合先生、まだ告白の返事してないの!?」


「は、はいぃ……その、大変恐縮ではございますが……」


「ほ、ほう。なのに明日は東堂姉妹や他の教師とかの歓迎会を兼ねた飲み会がある、と」



教師の間でそんな色恋沙汰が発生しているとは知らない後輩たちはちょっとテンションが上がっている。

彼女たちはまだ千堂も万里も知らないので聞き手側に回った。


百合曰く、告白を受けてから何度か会う機会はあったが、敢えてその話題には触れないようにして2人をそれとなく避けていたらしい。



「対応遅すぎない? あれからもう2週間は経っているわよ」


「時間を掛ければ掛けるほど気まずくなってくよー」


「おっしゃる通りでございます……何かご助力って頂けませんか?」


「助力も何も……返答するしかなくないですか?」



逃げ場のない飲み会では絶対にその話題が振られるだろう。

北条が言った通り、その際は何かしら返答はしなければならない。


では、百合は2人をどう思っているのか。

返答の内容を決める前に百合の現在の心境を整理してみた。


・嫌いではない

・恋愛感情はない

・付き合ってみるのはアリ

・どちらか一方と付き合うのはナシ


3人の判定は……



「今はその気がないって断ればいいのでは?」


「付き合ってもいいくらいなら保留でいいじゃん」


「どっちとも付き合いなさい」



見事に意見が割れた。

ここで役に立つのがオーディエンスの4人である。


彼女たちの意見は……



「姉貴に賛成」


「先輩に賛成です♡」


「お姉様に賛成ですわ!」


「…………え、この3人の投票に意味ないよね?」



実質、一ノ瀬に百合の命運は委ねられている。

しかし、気付いたら巻き込まれていた一ノ瀬から中々答えは出ない。

そんな彼女に百合は例え話を出す。



「例えば、一ノ瀬さんに尊敬している先輩とかっている?」


「東堂先輩です!」


「うんうん! じゃあ東堂さんに告白されたらどうする?」


「付き合います」


「紗弓ちゃん……?」


「た、例えですよね!?」



南雲にとっては不快な例えだったようで目からハイライトが消えていた。

例えをミスった百合は焦って訂正をする。



「そっか、そっか! 1人だとおかしいから……他に尊敬してる先輩とかいる!?」


「……茉希さんとか?」


「うんうん!! じゃあ、北条さんにも同時に告白されたら?」


「え!? それは……ちょっと想像もつかないと言うか……」


「ちゃんと想像してみて下さい!!」



何故、百合の立場でそんな事が言えるのかはよく分からないが、彼女も切羽詰まって気が動転しているという事だろう。


一ノ瀬はそう結論付けてゆっくりと想像してみた。



~~~(妄想中)~~~


何故かは分からないけどボクは2年生の教室で東堂先輩と茉希さんに呼び出されていた。

放課後の教室には東堂先輩と茉希さんしかいない。



「紗弓ちゃん。大切な話があるんだ。実は僕、紗弓ちゃんの事が……」


「と、突然どうしたんですか!? そんな……今はその、茉希さんも居ますし……」


「関係無いよ。紗弓ちゃん」



いつも優しい東堂先輩がいつになく押しが強い。

気付けばボクは壁に追いやられていた。



「……おい、東堂。抜け駆けはナシって決めただろ」


「ごめん、ごめん。紗弓ちゃんの反応が可愛かったから」


「かわっ、かかかか可愛いだなんて……!」


「ほら」


「まぁ……たしかに?」



脳がパンクしそうな程に熱いボクは一旦呼吸を落ち着かせようと脱出を試みた。


――ドサッ!


今度は茉希さんに退路を防がれた上、ボクは壁に押し付けられていた。

所謂壁ドンである。

……しかもW《ダブル》で。



「悪い。まだ、話は終わってねぇから。もう少し我慢してくれ」


「ひゃわわわわ……!」


「僕はもう紗弓ちゃんと後輩って関係だけじゃイヤなんだ、だから――」


「俺も親友のお姉さんって関係だけじゃつれぇんだわ。だから――」



2人の顔が僕の耳元に近づく。



「僕と付き合ってよ」

「俺と付き合って」



~~~(妄想終了)~~~



「ひゃ、ひゃーーー! え、選べませんっ!!」


「だよね! だよね!?」


「なんで嬉しそうなのよ。あなたは」


「てか、一ノ瀬の妄想なげぇ。人の姉で不埒な妄想をするな」



最も自身と近い境遇(妄想)の人物を見つけて百合のテンションが上がる。

美保は姉を庇いながら一ノ瀬を睨んでいた。



「で! 一ノ瀬さんだったらその後どうする!?」


「う、う~……たぶん一旦保留して、出来れば元の関係に……その後は、こうー、なんか、上手く……ごにょごにょ」


「な、なるほど? 元の関係に……戻れるかな?」


「もうそこは境遇も違うんだし、やってみるしかないんじゃない? どの選択でも結局リスクはあるよー」


「たしかに……皆さん、ありがとうございました! 明日の飲み会、頑張りますね!」



こうして、1人の迷える子羊を救った家庭科部の活動は今日も終了した。

果たして、家庭科部の活動内容はいつ決まるのだろうか。



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