第199話 姉貴とお袋 side 北条 美保
入学式が目前となったとある日の休日。
普段通り姉貴は家事をしていた。
(むっ! 姉貴が洗濯をしに! ついて行こう)
――トコトコ。
「……」
(むむっ! 姉貴が風呂掃除をしに! ついて行こう)
――トコトコトコ。
「…………」
(むむむっ! 姉貴が掃除機を……)
「美保。鬱陶しい。子ガモじゃないんだから一々茉希の後ろついて邪魔すんな」
アホみたいにぼけーっとテレビを見ていたお袋がだるそうに何か言ってきた。
「なんでだよ。邪魔してないんだからいいだろ!」
「だったら手伝えばいいじゃん」
「それこそ姉貴の邪魔になるだろ!」
「そうだよな? だからここで大人しくしてろって私は言ってんだよ」
お袋にしては筋が通ったことを言いやがる。
仕方ないの今回は言う事を聞いてやる事にした。
アタシはムスッとした表情でお袋の対面に座りテレビを眺める。
「……アンタさ。いつからそんな茉希にベッタリなんだっけ?」
「姉貴にオムツ替えて貰ってる時からだぞ」
「そんなワケねぇだろ。アンタいつまでオムツつけてたんだよ」
「3歳」
「ん……? ってことは茉希は4歳……いや、流石に4歳でオムツ交換は……いや、でも茉希ならワンチャン……あれ? マジ?」
まぁ実際、3歳の頃の記憶など明確には憶えて無いので適当に言っただけだが、それで不安になるこのお袋も大概である。
お袋はそそくさと歩いて自室から何冊かアルバムを持ってきた。
パラパラとページをめくって写真に指を差す。
「ほら、これが4歳の茉希。こんな天使がアンタのきったないオムツを替えれると思うか?」
「姉貴可愛すぎ。
「やかましいわボケ。アンタもこの頃はこんなに可愛かったのになぁ……見る影が無いとはこの事か」
「やかましいわボケ」
「……なに見てんの?」
アタシたちが机にアルバムを広げているのを見た姉貴もやって来た。
「茉希も一緒に見るか? 美保が可愛かったのはいつまでかを探してんだよ」
「おもしろそうだな。俺も見てみたい」
「あ! 茉希! アンタ、これとか覚えてる?」
「あー……なんとなく記憶あるわ……」
それは姉貴がビーズの腕輪をつけてカメラ目線でピースをしている写真。
可愛い。
「この後、美保にこの腕輪をハサミで切られて、ビーズがバラバラになっちゃって。アンタ、それ見てこの世の終わりみたいな泣き方してたわー」
「え……アタシごみじゃん。そんな大切なものを……ごめん姉貴。アタシ死ぬね?」
「おい、バカ! メンヘラ発症すんな。たしかにあん時はすげーショックだった憶えあるけど、これには確か理由があって……」
姉貴はアタシの頭をそっと撫でながらアタシが憶えていない当時の事を語ってくれた。
あの腕輪はどうやらお袋の手作りのもので、プレゼントされた姉貴は珍しくはしゃいでいたらしい。
それを見たアタシは姉貴にジェスチャーでその腕輪をせがんだらしく、その後姉貴の目を盗んで腕輪をハサミで切った。
そして大号泣する姉貴を見てアタシも大号泣。
泣きながら『まき、いっしょ、いい』と言ってたらしい。
「後で、お前は俺とお揃いのが欲しかったんだろうな、って申し訳ない気持ちになったのは憶えてるわ。あれが姉として自覚が芽生えた瞬間だったのかもな」
「姉貴……」
「しっかし。美保はふと見る度に奇天烈な事してたイメージがあるわ。その度に茉希がアンタの面倒を……」
ふと見じゃなくてちゃんと見ろよ。アタシがこう育ったのもお袋が原因だろ。
思えば物心ついた頃にはもういつも姉貴と一緒に居た気がする。
アタシにとって姉貴は育ての母のような存在なのかもしれない。
「美保は茉希の背中を見て育って、茉希は美保の面倒を看て育って。本当にアンタたちは私の自慢の娘だよ」
「「お袋……」」
慈しむように写真を眺めるお袋に流石のアタシたちもちょっと感傷的になった。
その表情を見ると、やっぱり産みの親はお袋なんだなって実感する。
「……ん? でも待てよ。茉希はだらしない美保を育てて立派になって、美保は茉希に甘やかされて更にダメ人間に……あれ? 妹の方はそんなにか?」
「おい、アタシのセンチメンタルを返せよ」
「ったく……お袋もそんな照れ隠しなんてしなくていいのに。安心しろ美保。お袋はいつもお前の事をちゃんと気に掛けてくれてるから」
「べ、別に美保の事なんか全然気にしてないんだからねッ!」
「きっつー……アラフォーのツンデレきつー」
「てめぇ表でろ」
***
アタシには2人、大切な家族が居る。
なんだかんだアタシも口には出さないが母にも感謝している。
母子家庭で女手一つで姉妹を育てた苦労はアタシには計り知れない。
姉貴に関しては言うまでもない。
だから今度はアタシが頑張る番だ。
丸女で姉貴をクソみたいな女どもから守りながら、学業で功績を残す。
(姉貴とお袋は絶対にアタシが幸せにしてみせる!)
お袋にマウントポジションでボコボコにされながらアタシは改めて決意した。
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