第198話 先輩との出会い side 十河 灯


きっかけは本当にただの気まぐれだった。


なんとなく応募してみたVtuberのオーディションを気付いたら合格してて、あれよあれよと言う間に私は人気Vtuberになっていた。

幼い頃から何でも出来た私はどうやら”偶像アイドル”も出来たらしい。


では、私にVtuberやアイドルの才能はあったのかと言うと。



――それは、否。



***


「じゃあるなはちょっと離席するからちょっと待っててねー!」



それに呼応するようにコメント欄が流れる。

その日、私こと『丸井月まるいるな』は初出場するFPS大会の練習配信をしていた。

メンバーとの合流前に軽く設定の確認と操作の確認を配信をつけて行った。


離席した私が向かったのはトイレ……ではなく洗面所。

私はゆっくりと手に巻いた包帯を外して手のひらにカミソリで一つ切り込みを入れた。



「……ッ。 ふぅ…………」



手を握りしめて深呼吸をする。

溢れだた血が洗面器にポタリと落ちた。

それを見て気分が落ち着いてきた頃、私は洗面器から血を流して再び包帯を巻いてから配信に戻った。



いつからか、私は配信のストレスにより自傷癖を患っていた。



アンチ、指示厨、荒らし……それまで日常生活では見られない人々の害意が私の精神を蝕む。

今の私には精神状態によってはファンのコメントすらおぞましく感じることがある。


私には人を惹きつける才能はあったらしいが、その注目に耐えられるだけの心の器は無かったらしい。

それでも何故かやらなければならないという強迫観念がある。


きっと、こうして人は壊れていくのだろう。私もいずれは。



……そう思っていた。



配信再開から少し経った後、メンバーの初顔合わせが行われた。

今回の大会は5vs5のFPSゲームでチーム構成はキャリー枠(熟練者)が1人、中級者2人、初心者が2人という構成である。

もちろん、私は初心者枠で出場している。


まずは簡単な自己紹介だが、一番手はキャリー枠兼コーチからの挨拶で始まる。



『どうも。梅雨町つゆまちリリィです。ワタシが優勝請負人です』



(――ッッッ!?!?)


瞬間、その声は私の胸の奥底に突き刺さった。


(かっ、可愛すぎる……!? え! ええ? 可愛すぎる!!)



直感で分かった。これが『恋』だと。

ガチ恋に至るまで1秒も要らなかった。



震える指と動悸を抑えながら、なんとかキーボードを叩く。

私は他の人の自己紹介なんてどうでも良いものは一切無視して『梅雨町リリィ』さんをネット検索した。

そしてその御姿を拝見した時、私は涙が溢れて来た。



(あぁ、嗚呼……かわいしゅぎる……)



その後の配信で私は梅雨町さんの声を聞くだけの生物と化した。

後から確認したら、プレイの方はボロボロだった為、コメント欄にはいつもよりアンチコメや指示コメが湧いてたっぽい。

まぁ正直もうコメ欄とか見てないし、今はそんなのはどうでもいい。



何故なら……なんと、なんとッ!! 



沼プレイを連発していた私を見て心配した梅雨町さんは私に個通をしてくれたのだ!


(え? 天使なの? いや、女神か) 


『あー……もしもし。ごめんね? 急に通話掛けちゃって』


「い、いえ! 私こそゴミみたいな人間なのにカスみたいプレイングで申し訳ないです……」


『いやいやいや! そんな卑屈にならないで! ……緊張してたんだよね?』


「はいぃ……♡」



これはもちろん、初めての推しとの会話で緊張していたという意味だった。

しかし、梅雨町さんには勘違いさせてしまった模様。



『まぁやっぱり勝負だし、勝ち負けとか掛かってると責任とか感じちゃうよね』


「はいぃ……♡ (すいません……勝ち負けとかどうでも良くて)」


『でもさ、せっかくの機会なんだからワタシは友達と遊ぶみたいにわいわい楽しんで欲しいな』



推しのお言葉が胸に染み渡る。

今までしょーもない言葉で落ち込んでいた自分が馬鹿らしくなってきた。

これから先はもう梅雨町さんの言葉だけを聞いて生きて行こう。



『あ、そうだ。お互い呼び名変えてみる? 友達みたいで良くない? るなちゃんって呼んでもいい?』


「はいぃ……♡ ……ん? はぃ↑ぃ↑い↑!?」


『……あ、あれ? ダメだった?』



おおお落ち着け。ど、どうしよう!

この場合まさか本名を名乗ったらまさか私の名前を……!?


ち、違う違う! これは配信で呼ぶ名前の話だから!!

そういう視聴者サービスじゃないから!!


――そうだ。とりあえず服は脱ごう。


全裸になった私はギリギリのところで理性を取り戻した。



「だ、大丈夫です! あの……私はなんと呼べば……?」


『リリィちゃんとかでいいよ』


「ちょ、直接お名前で呼ぶなんて恐れ多い!!」


『いや、そんな大層な身分じゃないから。おもしろいね、君』



梅雨町さんが私の事面白いって言ってくれた!!

その言葉が嬉しすぎて思わず内股を擦る。



『隊長、ボス、姉御……なんか違うな。目上っぽい感じ……じゃあ、”先輩”とかどう?』


「せんぱい……」



なんだろう。その呼び名は凄くしっくり来た。

それにおそらく私しか使ってなさそうな特別感も素晴らしい。



「じゃあ、これから私は梅雨町さんを先輩って呼ばせて頂きますね!」


『うん。じゃあこれからよろしくね、月ちゃん』


「はい、先輩っ♪」



それ以降、私は自傷癖も治り、精神が不安定になる事も無くなった。

灰色だった未来は色付いて、これからは先輩とずっと一緒に過ごせるのが嬉しくてたまらない。


入学後はもっとも~~~と一緒に居ましょうね!


先輩っ♡



***


「どう? これが本当の感動エピソード」


「所々に狂気を感じますわ」


「どこに? 杏樹、もしかして病んでる?」


「あなたに言われたくありませんわ」



もしかしたらこれが所謂メンヘラというやつだろうか。

前からも思っていたが、最近の杏樹は特に頭がおかしい。



「まぁ、一番気になるのは……なんで脱いだのかしら?」


「いや、もう服とかしょーもないなって」


「理解できませんわ。この部分 ☟


『全裸になった私はギリギリのところで理性を取り戻した』


☝ 取り戻せてませんわよ」



「???」



杏樹が何を言っているのかは全然理解出来なかった。

その様子を見て杏樹は呆れた様子を見せる。



「やれやれ。これなら私のお姉様エピソードの方が100倍良いわね」


「は? 何言ってんの。殺すよ?」


「全然精神安定してませんけどッ!?」



杏樹は相変わらず馬鹿だけど、まぁ丸女に入学してくるみたいだし。

先輩と居ない間くらいは経過観察も兼ねて面倒を見てあげようかな。


一応、友達だしね。



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