第196話 東堂明里という先輩 side 一ノ瀬 紗弓
『天は二物を与えず』
神様はボクに学業の才能はくれなかった。
代わりにスポーツの才能はくれたらしく、昔から運動だけには自信があった。
陸上競技、球技、格闘技……
どの大会に出てもボクは全国レベルの成績を残すことが出来た。
……あれ? 二つ以上の才能があるような?
ちょっと考えるのは苦手だから分からないけど。とにかくボクは子供ながらにスポーツでは天賦の才を持っていると思っていた。
――東堂先輩に出会うまでは。
***
どの部活に入っても才能を発揮した私はいくつも部活を掛け持ちしていた。
その日は他校とのバスケットボールの練習試合に1年レギュラーとして参加した。
すると、やって来たあちらのチームを見てうちの先輩たちがざわつく。
「え。あっちのチームにあんな身長高い子居たっけ?」
「てか、よく見たら超イケメンじゃん? 連絡先欲しい!」
「一ノ瀬、一ノ瀬! 後輩キャラ振りかざして連絡先聞いてきて!」
「いえ、私、そういうのは……」
その後、合同の練習に入った時に知ったのだが、どうやらその人は助っ人の2年生らしい。
試合前の休憩時間に先輩に駆り出された私はその人と話してみた。
とても気さくなその人、東堂明里先輩は連絡先をあっさり教えてくれた。
どうやら運動神経だけでスカウトされたらしく、バスケは授業以外ではやったことが無いらしい。
所謂、数合わせの補欠ということで、そこそこ強いうちのバスケ部の試合には出ては来ないだろう。
それでも私は、東堂先輩にもバスケの楽しさを知ってもらいたくて東堂先輩にドリブルやシュートの簡単な解説動画をおススメしてみた。
「へー。凄いね。色んな技術があるんだ」
「はい。もしバスケに興味持ったら見てみて下さいね」
「親切にしてくれてありがとう。紗弓ちゃん」
「い、いえ。それでは……」
ニコッと笑い掛けられた私の心臓は一瞬止まるかと思った。
(め、めちゃくちゃ可愛いのでは!?)
ベンチに座っているだろう東堂先輩にカッコいいところを見せたい。
張り切った私は脳内で自分の活躍をシミュレーションしていた。
……しかし。
(な、なんで東堂先輩がスタメンで出てるのーっ!?)
なんか東堂先輩は居た。
キョロキョロと所在なさげにする姿は完全に初心者のソレだった。
そして当然、身長の高い東堂先輩がジャンプボールにやってくる。
相対するのは彼女よりは低いがそれなりに身長が高い私。
(どうしよう……たぶん東堂先輩の見せ場はジャンプボールしか……でも、手を抜くのは失礼か)
試合開始のホイッスルの後、私は本気で跳んだ。
――跳んだはずだった
「え……」
到達速度、高さ。どちらに於いても異次元のレベルで私は呆気に取られる。
ボールはあっさりと相手チームに渡り、少しドリブルで進んだかと思ったらあろうことか東堂先輩にパスを出した。
(う、嘘でしょ!? 東堂先輩がフォワード!?)
東堂先輩は単身で風の如くディフェンスを切り裂く。
(ロールターン!? でも、流石にシュートは……)
対面するうちの先輩を前に東堂先輩は一瞬周りを見たとおもった瞬間、
(今のはフェイク!? ビハインドザバックからのべジテーション……)
先輩を突破された後はあっさりとドリブルシュートされた。もちろん点数は入っている。
その後も東堂先輩のペネトレイトに翻弄された私たちは試合に敗北した。
間違いない。東堂先輩は経験者だったんだ。
試合後、私は感情のあまり東堂先輩に詰め寄った。
「初心者のフリをして私たちを騙してたんですか!!」
「え……さ、紗弓ちゃん? 違うよ。僕は本当にこういう試合は初めてで……」
「今更なにを! 初心者があんなドリブルとかシュートが出来る訳……」
「そ、それは紗弓ちゃんがさっきいい動画を教えてくれたからだよ!」
「え……」
ちょっと待って欲しい。
この人はさっき動画を見たから上手くなったと言っているのだろうか。
「……東堂先輩。喧嘩売ってます?」
「そうなるよね! ご、ごめん! 僕、なんか何でも出来る体質みたいで……」
「今、何でも出来るって言いましたよね? じゃあ柔道で勝負しましょう。得意の動画でも見たらいいんじゃないですか?」
「えぇー……いいけど。 ……いつ?」
「今日です!!」
「今日!?」
久しぶりにトサカに来た私は無理矢理東堂先輩に挑戦状を叩きつけた。
数あるスポーツの中で私が最も自信があるのが柔道。
私は毎年全国大会優勝をしているので、仮に学年が一つ上だとしても素人の東堂先輩が私に勝てる可能性は皆無だろう。
……なんか道着の着かたを聞いて来るくらいだし。
それでも容赦なく試合を始めて早速私は東堂先輩を背負い投げで投げ飛ばした。
綺麗な受け身を取った東堂先輩は暢気に『おー』と感嘆している。
そしてその後、私は東堂先輩に2回連続で背負い投げされて試合に負けた。
「ぐッ……ぐすッ……な、なんでぇ……」
「ご、ごめん! 投げ方下手だったかな? 痛かった!?」
同年代の相手に久々に完膚なきまでに負けて私は悔し涙を流す。
「ち、ちがっ……でも先輩、柔道やったことないんじゃ……」
「う、うん。でも、紗弓ちゃんが投げるのが上手だったから! だから真似してみたんだ!」
この時、私はようやく確信した。この人は本物だと。
バスケの件も、柔道も……この人は本当に一を見て十を理解している。
自分こそが、と驕り高ぶっていたがどうやらそれは違うみたい。
――この人こそが天才だ。
悔しさはあるけど、と言うか無茶苦茶悔しかったけど!
……けど、私はそれ以上に目標が出来たことが嬉しかった。
***
その日からボクは東堂先輩に並び立てるようにたくさん努力をした。
……もちろん勉強以外。
憧れの東堂先輩はボクが大会で活躍する度に褒めてくれて。
褒めてくれるのがすごく嬉しくて。
今年からそんな先輩と一緒の学園に通えるのが何よりも嬉しくて、入学が待ち遠しい。
見ていて下さい、東堂先輩。
今はまだその背中は遠いけど。
もっとたくさん努力していつかボクは東堂先輩に勝てるように頑張ります!
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