第192話 殴りたい、その笑顔
時は一週間ほど前まで遡る。
他3人の誕生日でもそうだったように、西宮の誕生日プレゼントを考える会議が西宮抜きで行われていた。
「遂に来たか……」
「一番謎の人物だからねー」
「僕も麗奈が貰って喜ぶものとか自信ないよ……」
この時点で西宮の誕生日にはパーティーが開かれる事だけは知っていたので、3人は多大なプレッシャーを感じている。
万が一、西宮財閥の観衆の元でプレゼントクソスベリ芸を披露しようものなら今後の就職活動にも影響が出てくるだろう。
と、言うか大観衆でのクソスベリはシンプルに死にたくなるだろう。
この責任重大なプレゼント選びで名案を出したのは意外にも南雲だった。
「あー……いいもの見つかったかも? 五味渕さーん!!」
「え、ゆーちゃん? どうしたの急に……」
五味渕麻里奈。
それは、西宮の執事にして通称『ロリコン忍者』と言われる神出鬼没の女である。
唐突にその名を叫んだ南雲であったが場には静寂のみが訪れる。
「いや、流石にここには 「お呼びでしょうか?」 ……うぉいッ!?」
「うん。呼んだ。呼んだ」
「なんで毎度俺の背後から出てくるんだよ!!」
だいたい西宮が呼ぶと北条の背後から出現するのだが、誰が呼んでも北条の背後から出現する事が判明した。
恭しく一同に頭を下げる五味渕に南雲は早速質問をする。
「西宮さんの……その、理恵さんって誕生日会には来るの?」
「今年は来られません」
「じゃ、じゃあ! その、交渉とかって出来ない……ですか? そのワタシたち如きがって話だけど……」
「可能です。理恵様から南雲様の要望があった場合は連絡するように、と仰せつかっております」
やたらと対応の早い五味渕、何故かすんなりと通る要望。
西宮の母、西宮理恵を知る南雲からしたら不穏そのものだった。
「ちょ、ちょっと待って! なんでゆーちゃんは麗奈のお母さんと!?」
「まぁそれはかくかくしかじかで……」
「……どんな人だった?」
「西宮さん産んだ人なんだなって感じ」
「オッケー。だいたい分かった」
3人は五味渕の案内の元、近くに停めてあったリムジンに乗り込む。
座席に座ると、程なくして前面のモニターに西宮理恵が映し出された。
スーツ姿で座る彼女は、おそらく社長室に居るっぽい。
『こんにちは。麗奈の未来のお嫁さんたち』
「「 あ。人違いです 」」
「こ、こんにちは! お世話になっております!」
『それで? 私へのお願いって何かしら?』
フランクにジョークを挟みながら優雅に笑う彼女は相変わらず圧が凄かった。
気後れしそうになりつつも南雲は提案者として理恵に要望を出す。
「西宮さんの誕生日会に来てくれませんか?」
『なるほど。それは、私のスケジュールをズラせ、と?』
「……ッ! ……そうです。お願いします」
西宮理恵はパソコンを操作してモニターを見ながら思案している。
しばしの空白の間には緊張感が漂った。
『……ふふっ。麗奈大好き南雲さんに言われたら仕方ないわね』
「そ、そうなの!? ゆーちゃん!?」
「あー、ちょっともう後で全部訂正するから今はそれでいいです。ありがとございま……」
『ただし、条件があるわ』
「えぇー……」
露骨に鬱陶しそうな顔をする南雲。
絶対碌な注文ではないことが確定しているので、条件次第では断る準備をしていた。
『麗奈の好きな所を各100個挙げなさい。あ、可愛い所でもいいわよ』
「無理です。すいません。他のプレゼントを考えます。失礼しました」
『ま、待ちなさい。判断が早すぎるわ。じゃあ75個でどう?』
「多すぎ。茉希ちゃんの言葉を借りるなら『きちぃー』です」
「……なんで急に借りた?」
その後、激しい交渉の末、各50個というラインで協定は結ばれた。
そして西宮理恵が見守る中、3人はその場でそれぞれの色紙に寄せ書き形式で『西宮麗奈の好きなとこ』を50個書くことになった。
***
「が、頑張ってマキ! あと、1つだよ!」
「ぐッ……くぅ!! ち、乳がデカい……」
「それは1つめに書いてるよ!? あれっ? よく見たらそれ3つくらい書いてあるよ!!」
西宮いいとこRTAが一瞬で終わった東堂は北条と南雲の応援をしていた。
「うっ……うぅ……頭がよく回る、小賢しい、小癪……」
「ゆ、ゆーちゃん!? 段々悪口になってるよ!?」
やがて長時間に及ぶ死闘は続き、2人はボロボロになりながら『西宮麗奈の好きなとこ』を書き上げた。
五味渕が回収した後、それの写真を撮って理恵の元へと送られた。
『……麗奈はこんないいお嫁さんを貰って。 ……ぐすっ、合格よ。』
これにはママの目にも涙である。
徒労感が強すぎて2人はツッコミすら放棄していた。
『当日はどうやって登場すればいいのかしら? サプライズとかなら箱の中にでも入るわよ』
「えっ、いいんですか!?」
畏れ多いものの意外となんでもやってくれる理恵のお陰で当日の段取りはスムーズに決まった。
そして最後に、
『本当に麗奈の為にここまでありがとう。あなたちには感謝しているわ』
「いえいえ! こちらこそありがとうございました!」
『あと一応。そんなあなたたちの為に言っておくわね』
「……うん?」
『麗奈にも内緒にしてて、五味渕には嘘をついて貰ってたんだけど……』
「まさか……」
『元々その日は誕生日会に行く予定だったわよ。みんなのママが薄情だと思われたくないから言っておくわね♡』
――バァンッッッ!!
2名の台パンが炸裂すると同時にモニターは消えていた。
最後に映っていた理恵の表情はあどけない笑顔だった。
***
「殴りてぇー……」
「いや、私は蹴るけどね」
「あの、一応私からも補足をよろしいでしょうか」
理恵に対して殺意を炊いている2人に五味渕からも補足が。
「理恵様は現在ロンドンにいらっしゃいます」
「……それが?」
「いえ。それだけです」
「???」
(あっ……!)
2人はよく分かってないが、東堂だけは気づいてしまった。
現在の時刻は17時頃。
ロンドンとの時差は9時間、つまりはあちらは8時頃。
これが意味するのは、理恵が先ほど交渉に応じていたのは深夜から早朝に掛けてという事でである。
彼女は表情に出さなかったが、おそらくは前日から寝ずに対応していた可能性が高い。
それは娘の友人に気負わせない為だろう。
主の評価が下がるのを見て我慢ならなかった執事は補足してしまったのだが、理恵の気持ちを汲んで多くは語らなかった。
なので、東堂も敢えてそのまま気づかないフリをした。
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