第188話 右手はパーで、左手はグーで


「でだ。あれはどうしてああなった?」


少なくとも表面上は仲直りを果たした4人は朝食の場で担任の様子を観察する。

現在彼女は独り言を吐きながら焼いたパンに一生バターをヌリヌリするだけの生物と化していた。


しかし、なんともならなさそうな状態ではある。


「あー。アレにはちょっと事情があって……」



南雲は昨夜の千堂と万里の告白の件について話した。



「へー、やるじゃない。それで? それがどうしてあんなポンコツ化に繋がったのかしら?」


「どうしてって……どっちの告白を受けようか、或いはどっちも断ろうかって悩んでるんじゃないかな?」


「そんな下らない事で? 仕方ないわね。この後の事もあるし、麗奈ちゃんのお悩み相談室開店よ」


「店長が一番悩みとは無縁そうだけどな」



北条の言葉を聞き流した西宮は優雅に百合ひゃくあの前の腰を下ろした。

ちなみに百合は無反応である。



「話は聞かせてもらったわ」


「うん……。 ん? 西宮さん!? いつの間に?」


「どうも。『解決率スゴすぎてヤバすぎると話題に……!?』の、麗奈ちゃんのお悩み相談室よ」


「そ、そんな詐欺みたいな広告の相談室は利用できないかな……」



いまいち話題になっているのか、なっていないのかがよく分からない西宮の解決率は本人曰く、だいたい2割くらいらしい。


これは話題になってないやつだろう。


まぁ、5回1回くらいは解決できるのなら話す価値はあるのかもしれない。

どうせ昨夜の件はバレているようなので百合は思い切って相談してみる事にした。



「……どっちもお断りしようと思ってます」


「ふんふん。では、これにて一件落着。と……」



西宮は席を立とうとする。



「ええ!? 理由は!? なんで悩んでるかとかは聞かないの!?」


「めんどくさいわね。もう答えが出てるなら必要ないじゃない」


「いやいやいや! いっぱい選択肢がある中で、今一番有力なのがコレってだけで……本当はすごく迷ってて……」



どうやら今回百合は80%の外れを引いたらしい。

厳密には未来の事なのでもしかしたらこれが当たりかもしれないが、少なくとも悩みは何も解決していない。



「じゃあ、その他の選択肢とやらを聞かせなさい」


「え、えっとぉー……まず、


・どちらかとこっそり付き合うパターン

フッた方にはバレないようにこっそりと付き合う、バレると気まずくなっちゃう


・どちらかをハッキリと断るパターン

でも、これは職員室で会うから気まずくなっちゃう


・どっちもハッキリと断るパターン

ちょっと気まずくなるけど元の関係に戻れる?


告白をうやむやにするパターン、答えを先延ばしにするパターン、別に好きな人が……etc.」



「長い。めんどくさい。以上」



依頼者の相談を一蹴した西宮は話を聞くことを放棄する。

彼女は想像以上に悩んでいた百合に鬱陶しさすら感じていた。

やはり西宮に相談役は根本的に無理があったのだろう。



「だったらもう順番にエッチしてみて体の相性で選びなさい。問題の解決なんて馬鹿馬鹿しい」


「……え? でも、問題解決してないのにエッチしたから修羅場になったのでは?」



スィ~~~。 (←西宮の右手が持ち上げられる音)



「ストップ、ストップ!! 西宮!? お前今何しようとしてた!?」


「……はっ、ハッ!? こ、この右手は何!?」



近くで様子を見守っていた北条が今まさに振り下ろさんとする西宮の右手を押さえに飛んできた。

百合のド正論パンチに対して西宮は相談ビンタ(物理)で応酬しようとしていた。

尚、本人も無意識だったようで、彼女も東堂との一件をまだ引きずっている様子が窺える。


そんな西宮に見兼ねた南雲はやれやれといった様子でやって来た。



「もー、西宮さん何やってるの? 百合先生、ごめんね? やっぱり相談は昨晩に引き続きワタシがやるよ?」


「……え? でも、昨日南雲さんは修羅場作ってたし……」



スィ~~~。 (←南雲の左手が持ち上げられる音)



「ちょっと、ちょっと!! ゆーちゃん!? グーはマズいよ! ……いや、パーでもマズいけど!!」


「おっけー。じゃあチョキでいくね」



止まらない百合の正論ラッシュに南雲はチョキ(物理)で応戦しようとしていた。

百合自身も精神的に疲れていて正論にオブラートを包むことが出来なくなっている。



「と、とりあえず! 今日はもうほぼ帰るだけだし、後の事は道中で考えません? 一応、引率としての役目はお願いします」


「北条さん……そうだよね。あなたはいつも本当に……見た目の割にしっかりしてますね」



スィ~~~。 (←北条の拘束が西宮から解かれる音)



「……よしッ! 埋めて帰ろうぜ」


「そうね。顔だけ出してここに埋めた後に2人に連絡して、先に見つけた方と付き合うとかでいいんじゃない?」


「さんせー! どっちも見つけられなかったらちょっとヤバいけど。なんとかなるでしょ!」



「ならないよ! ちょっ……3人は抑えられないから百合先生! 逃げ……」



こうして、百合の恋のお悩み、



――未解決ッ!!



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