第186話 修羅場に角は立つけれど
「明里。ヤるわよ」
そう言いながら胸に伸ばした手は東堂に遮られる。
「ちょっ、ちょっと待って麗奈! 話を聞いて……ッ!」
「状況なんて天井のシミを数えているうちに把握できるわよ」
尚もお互いの手は空中戦を繰り広げる中、東堂は西宮の目を見て真剣に懇願した。
「――麗奈! お願い! 僕の話を聞いて欲しいんだ!」
涙ぐむ東堂の真剣な表情に流石の西宮も少しは冷静になる。
手を下ろした西宮は彼女の様子を見て言葉では言い表せない感情になった。
何故、お互いが好きなのに拒まれるのだろう。
何故、彼女がそんな表情になるのだろう。
何故、私が彼女の為に我慢しなければならないのだろう。
どれも答えは出ず、西宮の気持ちは完全に萎えた。
「……何?」
「ありがとう、麗奈。あのね……まだ! まだ状況はよく分かってないけど、僕は麗奈を拒むつもりは無くて……」
「えっ?」
朽ちて萎えたと思った性欲が思いの外あっさりと息を吹き返す。
「今しようとしてた事がいつも麗奈がしてくる事の延長線上にあるものなら……最後まで、その……してもいい、よ?」
「ほ、本当に? めちゃくちゃにするわよ?」
「も、もしかしたら、近くに人が居るかもしれないし、あ、あんまり声とか出ちゃうのは恥ずかしいから……、その……」
「こんなところに人なんて来ないわよ……」
もじもじと身を捩らせて伏せた目を潤ませる東堂を見て西宮がゴクリと唾を飲む。
「……初めてなので優しくして下さい。それだけ言いたくて……!」
西宮の胸は高鳴った。
「明里……!」
再び伸ばした手は拒まれることは無く、そのまま西宮は東堂を抱き寄せて優しくキスをした。
そして何度かキスを交わした後、身体を触る西宮は東堂の喘ぎ声を隠すように今度は舌を捻じ込んでキスをする。
「……んむ。」
「……!? んッ……ふぅッ……」
ちなみに、西宮も舌を入れてキスをするのは初めてである。
こうして、行為はエスカレートしていき――
***
「しくしく、めそめそ……」
「……ひっく、…………うぅっ」
「…………」
「え、えーと。そんじゃ、話し合いという事で?」
御覧の有様である。
現在、東堂と西宮の現場で4人+担任の
他の部屋でも良かったのだが、ここが静かである事と誰も動こうとしないor動けないという事でこのまま話し合いをする事になった。
「えっとー? 私はなんで呼ばれたんだっけ?」
「百合先生は、その、みんなが喧嘩して熱くならないように見守ってくれれば……」
「うんうん……任せて……」
北条はどこかいつもと違う様子の百合の様子に一抹の不安を抱いた。
おそらくはこんな時間に呼び出されて彼女も眠いのだろうと思う事にした。
「えーと……とりあえず何から話せばいいんだ……?」
「茉希。そもそも何故、私たちに話し合う必要があるのかしら?」
「何故ってそりゃお前……関係が拗れないようにだろ?」
そもそも北条がこの場を開いたのは、
『話し合う』を主体にしたかった訳では無く、
『このまま解散』を回避したかっただけである。
もし先ほどの状態から解散したら、後の関係の修復はよりややこしい事になるだろう。
しかし、その言い分にはある問題があった。
「あなたの言う、その『関係』って南雲さんの事じゃないの? 私と東堂さんは何も問題になるような事はしてないわよ」
「そっ、それは……」
「それとも南雲さんが傷つくから、もうこんな事するなって言いたいのかしら?」
「ちがっ……うけど。そんな言い方しなくても……」
彼女が言う事はもっともで、寧ろ今回西宮と東堂はどちらかと言えば被害者である。
「……別に、私は南雲さんに対しては怒ってないわ。でも、それとこれとは話は別。はっきり言うわよ」
西宮は全員に聞かせるように声を通す。
「南雲さんの気持ちの整理に付き合うつもりは無いわ。これ以上私たちの邪魔をするのはやめて頂戴」
「西宮、てめぇ……」
あまり表情には出さないが西宮はかなり怒っている。
その怒りが伝播したのか北条も熱くなり始め、東堂は危機感を覚えた。
「ちょ、ちょっと! マキまで熱くなる必要は……百合先生!?」
「えっ? あ、ごめんなさい! 整理整頓の話でしたか?」
「先生、話聞いてました!?」
東堂は百合に助けを求めたが、彼女は彼女で千堂と万里の事で頭が一杯だった。
……そんな百合は放置するとして、このままでは4人の関係が危うい。
東堂は自身が受けたショックからもまだ立ち直れていないが、今後の4人の関係の為に割って入る。
「や、やっぱり今日は解散にしよう! 一回みんな冷静になろうよ! ね?」
「東堂さん。私たちは悪くないわ」
「俺だって悪くねぇよ!」
「…………ぐすっ。うわーーーん……! あーちゃ、……うぅっ」
「そ、そうだね! 全員悪くないから! ね? 明日また普通に話そう?」
無理矢理にでも解散させ、3人をそれぞれの部屋に帰す。
何故か残った百合に東堂は恐る恐る話しかけた。
「えーと……百合先生は帰らないんですか?」
「えっ! あっ、もう終わって……どうでしたか仲直り出来ましたか!?」
「百合先生…………」
東堂には何があったかは分からない。
だが、彼女がこんなにポンコツになるような状況の中、自分たちの痴話喧嘩に呼んで大変申し訳ない気持ちにはなった。
***
――翌日。
北条が憂慮した事態は正しく起こり、4人の関係はギクシャクしてしまう。
しかし、一見どうにもならないようなこの状況にも案外救いはあった。
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