第181話 汝、求めよ


高級旅館、温泉、豪華料理と贅の限りを尽くした1日目が終わり2日目。


生徒たちは担任の百合ひゃくあ監修のもと町へ出て散策する組と、旅館あるいはその周辺でまったりする組と別れてそれぞれ交流を深めている。


そんな中、旅館まったり組で浮いているのはこの女。



「あーと、その……トランプでもやる?」


「おい! 北条さんがトランプをご所望だぞ!」


「す、すぐに用意します!」


「あ、いや。やるなら俺が出すけど?」


「あのー……やっぱり小指とか臓器を賭けるんでしょうか?」


「賭けねぇよ!?」



何故かオタクグループに紛れ込んだヤンキー(見た目)、北条茉希である。



***


北条が1年間真面目に1-Aで過ごすうちに、だいたい半分くらいの生徒が彼女の事をまともな一般人だと理解している。

ただし残りの半分は西宮班に居る犬丸のように、北条に対してヤンキーという印象をまだ拭いきれずにいた。


そしてそれは、今回北条がお邪魔したコンピューター部のグループである松上、竹中、梅下の3人も一緒だった。


北条は敢えて今まで関わってこなかったグループに身を寄せてみたのだが、そんな意図があるとは知らないコンピューター部のオタクどもからしたら恐怖そのものだった。



(はぁ……上手くいかねぇなぁ。ちょっと考えが浅はかだったのか……?)



小休憩という名目で3人が同時にお手洗いに行くというあからさまな状況に北条は窓際でため息を吐いた。



(ん? あれは西宮か。あいつも体育会系のグループ入って苦労して……)



「西宮さん! 見て下さい桜が咲いてるッスよ!」


「猿渡さん。それは梅よ」


「西宮さん物知り~」


「流石です! もしかして西宮さんって頭も良いんですか!?」



庭先では西宮と何故か彼女に懐いている3人が楽しそうに会話している。



(め、メチャクチャ仲良くなってるーーーッ!?!?)



それこそ理由は全く分からないが、何故かあのセクハラ女が体育会系の生徒たちから慕われていた。



(嘘だろ……? ん……ってことは何? 俺ってもしかして……)


(セクハラ女よりコミュニケーション能力低い……ってことぉ!?)



それだけは絶対にあってはならない北条は震える手でスマホを取ってチャットを打ち込んだ。


『助けて。東堂』


とりあえず、コミュ力モンスター①に助けを求めてみる。

すると、焦った様子で東堂がすぐに電話をくれた。



『ど、どうしたのマキ!? 緊急事態!?』


「あ、ごめん。そういう意味じゃなかったんだけど。まぁ、ある意味では緊急事態かも」


自分でハッキリと言うのは気が引けるが北条は単刀直入に今の状況を説明した。


「その……班で浮いてます……」


『あぁー……。それは緊急事態だね……とりあえ』

『何々~、東堂さん。私たちとのデート中に他の女と通話ー?』

『酷い……。私たちとは遊びだったんだ……えーん』

『わわっ、ちょ!? 3人ともこんなとこ見られたら胸をえぐり取られちゃうよ!』


(どういう会話?? 何をやったら胸が抉られるんだ??)


「東堂、なんかごめん。忙しそうだから切るな?」


『え、あ。マキがいいなら……頑張ってね!』



お取込み中らしい東堂との通話を切る。

次の助っ人には前回の反省点を活かして丁寧な文章でチャットを打ち込む。



『どうか私めにコンピューター部のメンバーと仲良くなる方法をご教授頂けないでしょうか』

『汝よ、力を望むか?』

『コミュ力が欲しいです』

『よかろう。さらば授けん』



謎の偉い人っぽい返答をくれたのはオタクに詳しいコミュ力モンスター②の南雲選手だった。

百合と一緒に居るという事は彼女も町に出ているという事だが、ありがたい事に彼女は恐ろしい速さで具体的な長文のアドバイスをくれた。



『ええ……そんなんで行けんのかな?』

『いけるいける。茉希ちゃんなら大丈夫だよ!』

『おっけ。やってみるわ』


北条は南雲とのやり取りが楽しくて思わず口元が緩む。


『あ。あと。あーちゃんが今何してるか知らない?』

『なんか班の奴らとデートしてたぞ』

『さんくす☆』


「あ。やべ」



そして、緩んだ口をうっかり滑らせた。

北条は東堂が言っていた『抉る』の意味を今完全に理解する。


「ま、まぁいいか……今は自分の事に集中しよっと」


彼女は今何処かで繰り広げられている修羅場から目を背ける事にした。



***


かなり長めの小休憩から帰ってきたコンピューター部の3人が部屋の扉を開けると、ふわっと鼻をくすぐる香水の匂いを感じた。

そんな匂いの主は先ほどよりも少しだけ服を着崩していて、服の胸元を少し開いている。


端的に言うなれば、


――エロかった。



「よっ。せっかくだし、次は一緒にゲームでもやる?」



少し化粧もしたのか雰囲気が変わっていた。

先ほどまで怖いと思っていた北条が優しく微笑む。

すると普段、3人とはあまり縁のない香水の効果も相まって鼓動は高まった。


そして、むっつりオタクどもは胸元を見ながらゴクリと唾を飲み込む。


ここまでは南雲の計算通り。

これぞ南雲が提唱する、


『オタクに優しいギャルを嫌いなオタクは居ない説』



……長いうえにややこしい。まぁ要するに、


『色仕掛けして近づいちゃえ☆』


そういう事である。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る