第180話 嘘から生まれた嘘太郎


大浴場ですっかり犬丸に懐かれた西宮は露天風呂でくつろぐ雉岡と猿渡の2人と合流した。



「いい湯だね~」


「ふぃー。極楽ッスー……あ、西宮さん。それと犬丸。仲良くなったんスね!」


「はい! 西宮さんへの誤解は晴れました!」


「誤解~?」



冷や汗を流す西宮は目線を逸らしている。

清々しい程に疑いを晴らした犬丸の対応に西宮の逃げ場はどんどん無くなっていく。



「ホントにこんな温泉まで提供してくれるなんて西宮さんは神ッス! お礼にお胸をお揉みしましょうか!?」


「え? そんな『お背中流しましょうか』の亜種みたいなものが存在するの? それでは是……」


「こら、猿渡! 西宮さんはそういう下衆なものに興味は無いの。本当は優しくて真面目な人なんだから!」


「ん~? 犬丸は洗脳でもされたんですか~?」



胸を張る犬丸は北条から身を挺して自分を守ってくれた西宮の話を2人に語る。

そんな彼女は諸悪の根源は西宮の妹にあると豪語した。



「あ~。洗脳されてますね~」


「違います! じゃあ、証拠を見せてあげる! 猿渡、試しに西宮さんに抱き着いてみて!」


「え、自分が? 犬丸じゃないの? 絶対いやらしい事されると思うけど?」


「私はさっき抱きしめられましたが何もされませんでした! むしろ、とても優しかったです!」


「ま、自分はいいスけど。じゃあ失礼」



ぴとっ。


猿渡は西宮に横から抱き着いて胸を押し付けてみた。

西宮はいつもの無表情で確かに猿渡に手は出さなかった。



「ほっ、ほんとッスー!? ま、まさか自分たちはとんでもない勘違いを……」



猿渡までもが信じかけていたがこの時、西宮の手は温泉の濁ったお湯の中で高速ワキワキしていた。

お預け状態で今も尚、性欲と友情の天秤は揺らいでいる。

犬丸の時もお預けだったので西宮としても限界は近い。


その天秤が性欲に傾き掛けた瞬間――



「…………ッ!?」



西宮の手が止まった。



「わ~。犬丸の話って本当だったんですね~。勘違いしててごめんなさい~」


「え、ええ……いいのよ」



西宮はのんびりとした雰囲気でおっとり笑う雉岡と目を合わせた。

その目はまったく笑っておらず、



――南雲と同種の殺気を孕んでいた。



***


犬丸の勘違いによる恐怖、雉岡からの原因不明の殺意。

風呂から上がり、汗を流したはずの西宮は既に滝のような冷や汗を流していた。


浴衣を着て軽く準備をした後に宴会場に向かった4人は食事を待つ。

座敷に長机を連結したタイプの席で、西宮の隣に犬丸、対面に猿渡、その隣に雉岡という配置で座った。


生徒たち30人に百合を加えた31人が揃ったところで西宮が音頭を取り宴会が始まる。



「みんな1年間お疲れ様。マナーとかはいいわ。気にせず好きなように楽しみなさい。乾杯」



「「「「 かんぱーい!! 」」」」 (←生徒一同+百合)



早速生徒たちははしゃぎながら料理に舌鼓を打つ。

次々と来る絶品料理たちは一体いくらするんだろう。

そんな危険な思考が脳裏に浮かばないようにと生徒たちは味に集中した。


西宮班でも特に何も考えていない猿渡は幸せそうにご飯を味わっている。



「はぁ……最高の温泉、最高の料理。幸せッスー……」


「喜んで貰えたようで何よりよ」


「毎日こんな生活出来るんなら西宮さんのお嫁さんになろうかなー。なんつってー。HAHAHA」


「いいわ……」



『いいわよ、ハーレムに加えてあげても』


そう言おうとした時、

西宮は爆発的な殺意を感じて原因を完全に把握した。


重たい首をギギギと捻り、死んだ目で西宮を見つめる雉岡と目で会話する。



「あー……(もしかして雉岡さんって……?)」


「…………(コクコク)」


「うーん、と……(手を出したら怒る感じかしら)」


「…………(ニッコリ)」



無言の笑顔で雉岡は手元にあるミニトマトを箸で串刺しにした。

そのやり口から西宮はそこはかとない南雲感を感じていた。



「どうしたんスか2人とも?」


「さぁ?」



鈍感な猿渡と犬丸は気づいていない。

その後、大盛況だった宴会がが終わり西宮は雉岡を呼び出して2人きりになった。



「……違うのよ」


「何が違うんですか~?」


「そ、そのー……そう。私は雉岡さんの背中を押したくて」


「ちょっと意味わからないです~」



安心して頂きたいのは、西宮も思い付きで会話しているので意味は分かっていない。

ただ、西宮はこのまま雉岡と一緒の部屋で寝ようものなら殺害されるだけなので、ある切り札を用意していた。



「あ、あなたの猿渡さんへの想いを試した上で私はこんなものを用意したわ」


「……これは~?」


それは謎のカギ。どこかの部屋の鍵のようだ。


「ヤリ部屋よ」


「!?」



生徒が宿泊している位置からやや離れたそこは静かで誰も居ないアレ用の部屋らしい。

本当は西宮がワンチャン使える可能性を考えて所持していただけである。



「ま、まさか。最初から西宮さんはここまで見越して~……?」


「ええ」


「……私、西宮さんの事を勘違いしていたかもしれません~……西宮さんの後押しに応える為にも私、頑張りますね~」


「応援しているわ」



結果的に雉岡の隔離に成功した西宮は部屋でぐっすりと安全に眠ることに成功した。



***


――翌日の朝。



「お、おはようッス……」


「おはようございます~。2人とも~」



西宮たちの前に現れた猿渡はモジモジしており、雉岡はツヤツヤしていた。

その様子を見るに無事2人は結ばれたらしい。


ヤる事をヤッた2人は西宮たちが起きる前には部屋に戻ってきていた。



「あー! 2人とも昨日は遅くまで何してたんですか! 全然から帰ってこないから心配したんだよ?」


「ごめんね~。ちょっとなっちゃって~。うっかり、ね~? 猿渡?」


「う、うっす。……そ、その。雉岡から話は聞いてます。ありがとうございました、西宮さん(小声)」


「いえ。あなたたちの事を慮ったまでよ」



どの口が言うのか、西宮は呼吸をするように真顔で嘘を吐く。

しかし、そんな事を知らない人たちは、



「なんて寛大な……西宮さんは自分らの恩人ッス!」


「この御恩は必ず返しますね~」


「お、2人も西宮さんが良い人だと分かってくれたんだ!」



こうして、盛大な勘違いをした猿、雉、犬の3匹は西太郎を担ぎ上げる事となった。



「ど、どうしてこんな事に……」



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