第177話 ワンコイン旅行


1年生として残された時間は残り僅か。

そんな限りある時間の中で丸女の各クラスでは打ち上げ会の内容を決める為のLHRが行われていた。


他のクラスを例に挙げると『カラオケ』や『居酒屋』などが上がっている。

しかし、1-Aにはが居るので打ち上げの規模が違った。


1年間、学級委員長を務めた彼女はクラスメイトの前に立つ。



「まず、何処に行くのかを決めましょうか」



書記の南雲が黒板に地図を広げる。

それは市街の地図などではない。


日本地図である。


なんと1-Aは打ち上げ会で旅行に行こうとしていた。

2泊3日の予定で行き帰りの車、宿泊地は全て西宮が用意する事に。

なので、クラスメイトたちの負担は現地での買い物くらいだろう。



「に、西宮さん本当に良いの……? ちょっと教師としても申し訳ないというか……」


「構わないわ。母から、西宮家の施設と財産は全て自由に使っていいと言われているの」



ご存知の通り、西宮麗奈というお嬢様は超が5つは付くほど大金持ち。

送迎車も使い捨てに出来る程度には用意してあるし、大概の観光地には別荘を所有している。


今回の場合、引率として担任の百合聡美ひゃくあさとみがついて来るのだが、当然大人としては生徒の別荘をお借りするのは気が引ける。


百合のみならず、クラスメイトの中にもタダで乗っかるのは気が引けるとの意見は多かった。



「分かったわ。じゃあ……ふむ? 金銭感覚が分からないわ。100円くらいでどうかしら?」


「いや、西宮さん……ワンコイン旅行はちょっと……」


「そうなの? じゃあ100万くらい?」


「極端過ぎます!! 海外旅行で豪遊するつもりですか!?」



イカれた金銭感覚をお持ちの西宮には100円と100万もそう変わらないらしい。

そこからは庶民たちの話し合いで参加費は1000円という事にした。

女子会にしても安すぎる金額に百合は心配になった。



「あ、それか私に胸を揉ませてくれたらタダというのはどうかしら?」


「「「「…………」」」」 (← クラスメイト一同)


「分かったわ。じゃあ、お金をあげるから胸を揉ませなさい」


「西宮さんやめなさい。教師の前ですよ」



という事で、クラスメイト30人から西宮を引いた合計2万9千円が徴収される予定となる。

ここから百合は3万円という絶妙な金額を出して大人を感じさせた。


次に旅行先だが、クラスメイトたちは次々と候補地を上げていく。



「西宮さん! スキー場がある別荘とかは!?」


「あるわよ」


「温泉が湧いてる静かな山奥の旅館とかは!?」


「あるわよ」


「まだ寒いし、やっぱり南でしょ! プライベートビーチとか流石に……?」


「あるわよ」



「マジでやべーなお前。改めて聞くと格の違いを感じるわ」



あるわよBOTと化した西宮だが、何処にでも行けるは本当らしい。

こうなってくるとやはり意見は割れるもので、山か海か、アウトドアかインドアかでも話が変わってくる。


多数決かくじ引きかでも争いを始めようとする生徒たちに百合が申し出をした。



「あ、あのー。引率としては雪山とか海はちょっと……出来れば私の目が届く範囲で……」


「あー。たしかに、百合先生ってスキーも水泳も出来なさそうだもんねー」


「それは関係ありません! と、言うかそういう意味ではありません!」



百合は何が問題なのかを熱く語る。その誠実かつ真摯な彼女の様子に生徒たちは感銘を受けた。

それを感じ取った西宮は生徒を代表してある提案をする。



「……なるほど。では、今回は百合先生の慰労会という名目にして行先も百合先生に決めてもらいましょうか」


「えぇ!? それはなんか悪いよー……うーん。でも、まぁ敢えて言うなら、近場で、静かで、みんなが暴れなさそうなところが良いかな?」


「ふむふむ。だ、そうよ。どうかしら?」



西宮がクラスメイトたちに振ると皆それぞれ1年間の百合との思い出がフラッシュバックする。

そして1-Aは今、一つになろうとしていた。



「OK」 「ダメです」 「いいよー!」

「えー!」 「そうしましょう!」 「別のがいいー」



「えぇ!? なんか大分意見割れちゃってるんだけど!? あれ!? 慰労会、なんだよね……?」



なろうという努力はしたが1-Aには無理だった。

やっぱり個々人で行きたい場所はあるのだ。

そもそも、そう簡単にこのクラスが一つになれるのであれば百合は1年間苦労などしていない。


結局その後、長時間に及ぶ議論の末に百合の意見も汲み、

そこそこ近場でそこそこ静か、ほんのり暴れる事も可能な温泉宿(西宮家の別荘)で慰労会は行われる事となった。



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