第173話 そして冒頭に至る物語
三月に入ってすぐに丸女では卒業式を行っていた。
あっという間の3年間を思い返す4人。
色々な事もあった。思い出もたくさん出来た。
それでも涙は流さない。
なぜなら、彼女たちは今、
――前の学校での卒業式を思い返しているからだ。
大変申し訳ないのだが、
知り合いがいなかったり部活に入っていない1年生にとって、3年生の卒業式ほどどうでも良いものはない。
例に漏れず4人は暇すぎて別の事を考えている。
昨日今日で唐突に2年の月日が過ぎた訳では無いのでご安心を頂きたい。
***
(東堂&南雲)
「東堂先輩! ずっと好きでした! この想いだけ受け取ってください!」
「東堂さん! 私、寂しいよ……別々の学校だけど連絡しようね」
「東堂先輩~」 「東堂さ……」 「東ど……」
「あわわ……動けな、い……」
卒業式が終わると当然の如く東堂の周りには人だかりが出来た。
政治家か何かのスクープのような状況に現場は大混乱である。
しかし、このような状況でも東堂専属の秘書(自称)は冷静だった。
東堂の手を握り、小さい体で人の波をかき分ける。
「はーい。どいて、どいてー。あーちゃん通りまーす、通りまーす! ……あとさっき告白してた子、顔覚えたから。暗い夜道には気をつけなよ?」
「南雲ちゃんー! 別の学校だけどまた遊ぼうね!」
「なぐもんー! また一緒にネトゲ出来るよね!?」
「キャー! もう南雲先輩をこのまま持って帰りたーい!」
残念ながらこちらの人間にも人気があるので人の波は重なりさらなるビッグウェーブが生まれる。
これを見越していた学校側は東堂と南雲に別室へと向かってもらい、異例のお別れ握手会を開催した。
ほぼ2人の為だけの卒業式は後輩、同学年の生徒によって長蛇の列を作り上げる。
この時、東堂の横に座る秘書は告白する生徒の名前を逐一メモに書き込んでいた。
しかも彼女はファンの怪しいプレゼント(偏見)も一時的(永久)に預かり、ちゃんと整理(処分)まで行う事が出来る敏腕秘書(自称)である。
日も暮れて東堂の手の感覚が無くなってきた頃、ようやく本当の意味での卒業式は終わった。
「はぁ……やっと終わったね……ゆーちゃんもお疲れ様」
「あーちゃんこそおつかれ! ホント、なんであーちゃんにはワタシという彼女が居るのに手を出そうとするのかが謎だよ!」
「……うん。それは僕がゆーちゃんと付き合ってないからじゃないかな……」
「???」
本気で不思議そうに首を傾げる南雲の目からはハイライトが消えていた。
東堂は怖くてそれ以上は何も言えない。
感傷的に東堂は思い返す。これを3年間繰り返して来たんだな、と。
東堂が告白されれば南雲がこれを阻止し、
東堂がストーカーされれば南雲がこれを撃退し、
東堂が誰かとお出かけすれば南雲がこれを追跡する。
一般的な人間なら精神病を罹患しておかしくは無い状況だが、東堂は既に患っている方の南雲の事を心配していた。
「丸女に行ったらさ……ゆーちゃんにも好きな人が出来るのかな?」
「ないない! 絶対ないよ! 安心してワタシはあーちゃん一筋だから!」
南雲は既に感覚の無くなった東堂の手を優しく握りしめる。
逃がしませんよ、と。
しかし、そんな彼女は約半年後……
「安心……? う、うーん。でも、今は居ないけど、もし僕に好きな人とか出来たらゆーちゃんはどうするの?」
「ん? 出来ないよ? だって消すもん。この世から」
「そのー……応援とかそういうのは無い感じかな?」
「あーちゃんがその人の事を忘れられるように応援してあげる!」
東堂が恐る恐る南雲の瞳を覗くとそこには純然たる闇が広がっていた。
『深淵をのぞく時深淵もまたこちらをのぞいているのだ』
不意に東堂はそんな言葉を思い出した。
尚、この言葉はおそらくそういう用途ではない。
そう、丸女入学前の南雲は現在の南雲より遥かに病んでいた。
それでも東堂は南雲の事を大切な幼馴染だと思っているし、本気で好きな人が出来た事は無かったので、今までは然したる問題が起こらなかった。
もしかしたら今後もずっと南雲とこうやって過ごすのかもしれない。
……正直、それも悪くないか。と東堂はフッと笑って南雲の頭を撫でる。
「ま、ここでも好きな人は出来なかったし。丸女に入学したからってそう簡単には好きな人なんて出来ないか」
「もぉー。あーちゃんの好きな人ならここにいるよー♡」
「丸女でもよろしくね、ゆーちゃん」
「こちらこそ! 大好きだよ、あーちゃん♡」
これは2人の微笑ましい友情と愛情が育まれる物語。
ここでほっこりして頂いた方は是非1話も併せて読んで頂きたい。
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