第172話 一人だけ緊急な家族会議


『りりあん☆がーてん』で怒ったネコの日の一件は終わった。


……かのように見せかけて、実はまだ続きがあった。


夕方ごろ、北条が帰宅してリビングに向かうと妹と母が食卓に座り彼女の事を待っていた。



「ただいまー。どうしたんだよ。飯はまだだぞ」


「いや、なんか美保が大事な話あるんだってさ」


「姉貴……座ってくれ」



どうやら母の瑠美は内容を知らされていないようだが、美保の方は割と真剣な話らしい。

いつも不真面目な美保の真剣な表情が心配になって北条も着席した。



「アタシは今日ほど社会を憎んだことは無い。そして何より自分の無力さにこんなに憤りを感じた事は無い」



美保は顔の前に指を組んでうなだれた。

顔には怒りと悲しみを織り交ぜた色を滲ませる。



「あ、茉希。これ十中八九しょーもない話だから、もう晩飯作っても大丈夫そうかも」


「おっけー。すぐ作るわ」


「待て、お袋! 姉貴! 話はまだ終わってない!」


「だる。へんな前フリは良いからはよ本題に入れ」



母と姉に見捨てられた妹は必死に着席を促す。

一つ咳払いをした後、単刀直入に切り出すことにした。



「こ、コホン。いいか、お袋。心して聞け? 姉貴はな、……………………風俗で働いてる」



「「はぁ!?」」



母と姉は声を揃えて驚愕した。



***


美保は2人に『姉が風俗で働いている』理由を説明し始めた。



「今日、アタシは一ノ瀬のしょーもない買い物に付き合って駅の近くを歩いてたら……」


「あー……お前あそこ付近に居たんか……」


「巫女だか侍だか訳わかんねぇ恰好した長身の女と、2ヶ月遅刻した卑猥な恰好のサンタを目撃したんだ」


「ふーん? なにそれ。変質者?」


「あぁ。たぶんな。でも、そんな変質者たちの中にチャイナドレスを来てキャバ嬢の装いをした姉貴が混じってたんだ……」


「美保。あんた、キャバ嬢見た事あんの? てかそれって茉希のバイトからしたら普通なんじゃ……」



母の瑠美は北条からバイト内容の説明をされているが、妹の勘違いを聞いている限り姉はバイトについて説明をしていなかった事を察した。



「美保、今まで隠してて悪かったな。ちょっと内容について言い辛くて……」


「姉貴……金に困ってるなら言ってくれれば……ごめん、お袋の稼ぎが少ないばっかりに」


「悪かったな。お前、私にも風俗で稼げってか?」


「いやぁ、アラフォーはちょっとキツイと思うわ」


「上等だゴルァ! 美保、お前おもて出ろ」



母と妹がプロレスを始めたのを見た北条は空気を読んでとりあえず晩御飯を作り始めた。

美保はわー、きゃー暴れた後、マウントポジションを取られてボコボコにされていた。


汗を掻いた2人はそれぞれ風呂に入った後、晩御飯の時に再び話題は姉のバイトの話へ。

北条はコンカフェという、美保が嫌がりそうなバイトの内容をぼかしながら伝えた結果、彼女には上手く伝わっていなかった。



「んんん? どうゆこと? 如何わしい服着て接客して……え、結果、風俗って事?」


「如何わしくはねぇよ。ちょっと今回はレアケースだっただけで……」


「まぁ、美保。分かり易くいうなればコスプレ喫茶よ。可愛い茉希が可愛い服着たら可愛いだろ? それ見て金出すところ」


「え、最高じゃん。アタシも金出したい」



妹は姉に貢ぐ気満々である。

この際風俗がどうとかどうでも良く、寧ろ姉の可愛い姿が見れるなら美保にとっては好都合だった。

彼女はこの年にして風俗通いを画策していた。……風俗ではないが。



「じゃあアンタも丸女入ったらバイトすれば?」


「する! そしたらアタシが姉貴をNo.1キャバ嬢へと押し上げる!」


「普通に恥ずかしいからやめろ。絶対に来んな」


「まぁ、美保にバイトが出来ればの話なんだけどな。アンタ、どう考えても労働に向いてないでしょ」



一旦はバイトを勧めた瑠美も冷静に考えてみたら美保には無理だと気付く。



「たしかにな。なんか楽して金を儲ける方法ねぇかな」


「舐めてんなぁ……この小娘は」



瑠美は自分の娘ながら、美保が将来一人でやっていけるのかという不安が急に襲ってきた。

しかし、そんな母の不安とは裏腹に美保は意外な方法で金を稼ぐことになる。


それが分かるのは数ヶ月後の話だが。


とりあえず、姉として妹が自分のバイトについて反発をしなかった為、一旦この件は解決とした。



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