第164話 陰謀論


バレンタインデー。

それは本来、西暦269年2月14日に処刑された、司祭ウァレンティヌスを祭る日とされている。

しかし、日本では昭和からその事実は何者かの陰謀によって歪曲され、世の女性たちにはチョコレートを贈る義務が課せられた。


近年では義務ではないという説を提唱する学者たちも居るが、ある程度親しい仲で贈らなかった場合、


『あ、いいよ、いいよ! 気にしないで!』と、言いながらも内心では、


『あ、ふーん。そういう感じなん?』と言う微妙な空気になるパターンが多い。


これにより渡さない方にも相当の勇気が必要となり、やはり実質的には義務であるという説が有力視されている。



今回、そんな日本の悪風に立ち向かいながらも結局流された2名。

南雲と西宮は放課後に職員室へ向かう途中の担任を確保した。



百合ひゃくあ先生! いえ、師匠! お願いがあります!」


「どうしたの2人とも? ……その呼び方が不穏なんだけど」


「私たちにお菓子作りを教えなさい」


「正気…………? あ、間違えました。本気ですか?」



これは、お菓子を作ろとしただけで正気を疑われた2人がちょっとだけ頑張る話。

ちなみに一番頑張ったのは百合である。



***


丸女には調理室なるものが2つも用意されており、料理部とお菓子作り部あるものの家庭科室は使用されていない。

その為、放課後の家庭科室の使用許可は簡単に降りた。

翌日、百合が監督をしながら2人は早速調理をする事に。



「まだ一週間くらいあるのにそんなに日持ちするのー?」


「……あなたたちはまさか自分たちが一発でまともなお菓子が作れると思っているんですか?」


「まったく……それは流石に私たちを舐め過ぎよ」



趣味の一つとしてお菓子作りを掲げる百合を以ってしてもこの2人の世話を出来るかは不安があった。



「まぁ……うん。じゃあ、何を作りたいの?」


「マカロン! なんかの生地を焼いてクリーム挟むだけだし簡単でしょ」


「絶対にやめなさい」



南雲が挙げたのは、実は非常に作るのが難しいお菓子の一つとされるマカロン。

『誰でもカンタン♪』みたなレシピはあるにはあるが、どう考えても1週間で料理知識0の人間に作らせるのはHARD超えてHELLモードである。



「……西宮さんは?」


「チョコは簡単と聞いたわ。だから、はい」


西宮は鞄から謎の袋を出す。中身は……


「カカオ豆!? えっ、そこから!?」



西宮はチョコがカカオ豆から作れるという知識だけでカカオ豆を持参してきた。

流石にバレンタインデーとはいえ豆から厳選する猛者はそうは居ないので今回はチョコレートを使う事に。



「南雲さんも今回は簡単に作れるクッキーとかどうかな?」


「えー。なんかふつー。でも百合先生のおススメならいっかー」



初心者なのに何故そんなにイキれるのか。百合にはそれが謎だった。


2人は百合の提案によりチョコレートとクッキーの両方を作ることに。

材料が揃っていた為、本日はまずクッキーを作ってみた結果……



「えっ! もう焼くだけなの!? 楽勝じゃん!」


「私、将来パティシエになろうかしら」


「調子に乗らない。でも、基本的にはレシピ通りにやれば出来るんだよ」



順調に生地まで作った2人は冷蔵庫で生地が固まるのを待っている。

ただ、はっきり言ってしまえば、ここまでは順番通りに材料を入れて混ぜただけである。


そしてこの後も温度を合わせて時間通り焼くだけで完成である。


それすら出来るかを心配される2人のヤバいのだ。

時間が空いたので洗い物と調理器具の片付けを済ませた3人は雑談を始める。



「作ったものは東堂さんと北条さんにあげるの?」


「うん!」

「ええ」


「偉いね。ちゃんと手作りで渡そうとするなんて」


「そうよ、偉いのよ。だから家庭科の内申点を上げなさい」


「授業もこのくらい真面目に取り組んだら自然と上がるよ」


「えー、でも授業つまんないし」


「……ごふッ」



南雲が言ったのは百合の授業に限った話では無いが百合はダメージを受けていた。



「でも、真面目に授業は受けないと……だって2人は将来どんな職業に就くの?」


「お嫁さん!」

「嫁よ」


「働く気は無いと……だったら家庭科は真面目に受けて欲しいなぁ……じゃあ、お嫁さんになって家で何をするの?」



南雲と西宮は想像しながら指を折っていく。



「一緒にご飯食べてー」


「一緒に寝るわ」


「そして遊ぶ!」


「……炊事洗濯は?」


「そういうのを嫁に押し付けるのは良くないわよ」



「それはヒモです!! 嫁ではありません!!」



確かにそれなら勉強しないのも納得の理由である。

1年生としての期間は残り少ないが、百合はなんとかこの2人を更生させたいと強く思うのだった。



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