第162話 途中下車禁止


本日の家庭科の授業で百合ひゃくあは来週の調理実習の内容について説明していた。


「来週は丁度節分なので恵方巻きを作りたいと思います」


「北条さんが得意そうね。だけに」


「……西宮?」

「……西宮さん?」

「……麗奈?」


「あぶなかったわ。この季節は路面の凍結に注意が必要ね」


「いや、お前もう滑ってたぞ」



担任の授業中にエキセントリックな発言で介入した西宮であったが、それはそれとして別に質問があった。



「恵方巻きと巻き寿司って何が違うのかしら」


「うーんと、たしか……」



真面目な質問ではあるが、そんな質問が来るとは思っていなかった百合は記憶を手繰り寄せた。



「節分に食べる巻き寿司を恵方巻きと言います」


「なるほど? じゃあ、節分の100日前に用意した巻き寿司はなんと言うのかしら?」


「……腐ったお寿司?」


「百合先生……たぶん麗奈は『100日後に恵方巻きになる巻き寿司』って言わせたいんだと思います……」



言わせた所でどうなるんだろう?という気持ちしかない百合は気にせず授業を進めた。


今回の調理実習では百合が前もってご飯を炊いてくれるので、調理自体は酢飯を作って具を巻くだけである。

具に関してはオーソドックスな内容で、


・東堂 ⇒ きゅうり、あなご

・西宮 ⇒ しいたけ、えび

・南雲 ⇒ かんぴょう、さくらでんぶ

・北条 ⇒ だし巻き卵


という感じで用意する事になった。


そして、一週間後――



***


「どうしてこうなった。説明しろ」



母親の弁当と一緒に作っただし巻き卵を持参してきた北条は絶望していた。



・東堂 ⇒ きゅうり、あなご ⇒ 大根、うなぎ


「なんで勝手にちょっとアレンジ加えた?」


「麗奈の好きものにしてみました」


「……まぁ、お前はまだ許容範囲だわ」



・西宮 ⇒ しいたけ、えび ⇒ き○この山、ローストビーフ


「西宮。これはきのこではない。しかもお前に頼んだのはしいたけだ」


「こんなこともあろうかと、たけ○この里も持ってきたわ」


「しまえ。お前が持ってきたもんだけでも巻く気が失せるわ」



・南雲 ⇒ かんぴょう、さくらでんぶ ⇒ 茎わかめ、辛子明太子


「完全に忘れてました」


「正直でよろしい」


「朝、コンビニでそれっぽいものを揃えて来たんだけど……行けそう?」


「敢えて買わないという勇気が欲しかったかな」



総括すると、だし巻き卵以外すべてが飛び入り参加だった。

今回は7つ具材を入れなければならない為、苦渋の選択の末『きのこ』を選んだ。


巻き寿司のたちが悪いところは、とりあえず巻けば出来てしまうところだ。

調理に移ると他の班がキャッキャッと巻くのを楽しむ中、北条の手は躊躇いを隠せない。



「……巻くぞ。巻くぞ……ッ!!」


「全然手が動いてないわよ。貸しなさい」


北条と代わった西宮が酢飯の上に並ぶ具材たちと目を合わせる。


「……おかしいわね。手が微動だにしないわ」


「西宮さん貸して! あーちゃん、私の目を押さえてて!」



具を直視しないことにより豪快に巻いた南雲の手には『きのこ』の柄が粉砕される感触が残った。


案の定、あっという間に出来てしまった。

教師に提出用の細く短めの恵方巻きも作り百合を呼んだ。



「いい、みんな。今年の方角はあっちだから、あっちを向いて黙々と1本食べ切ること」


「百合先生、わかりました。……聞いたかお前ら。途中でこの列車から降りる事は認められない」


「え……それはどうゆう……」



北条の決意表明に急に不安になる百合。


尚、百合は未だこの恵方巻きの中身を知らない。

全員が粛々と方角へ向き恵方巻きにかぶりついた。



「――ごふッ!?」


一人だけ心の準備……というか口の準備が出来ていなかった百合の列車が脱輪した。


大根の辛さ、うなぎのうまみ、

『きのこ』の甘さ、ローストビーフのうまみ、

茎わかめの酸味、だし巻き卵のうまみ、

辛子明太子の生臭さとうまみ


それぞれが手と手を取り合って、今一つの料理として生まれ変わる。

一言で表すなら、



「え、すごく不味い……んだけど?」



「「「「…………」」」」



それぞれが己の至らなさを噛みしめながら恵方巻きを走り切った。

特に思うところがあったのは南雲と西宮。



「……なるほどね。買わない勇気、茉希ちゃんが言ってたことが今ようやく分かったよ。西宮さんも反省点は分かるね?」


「そうね。……やっぱり『たけのこ』にしておくべきだったわ」


「じ、事前に言ってくれれば僕も合わせるから……!」



「百合先生。次回はこいつらとは別の班でお願いします」



本日の恵方巻き。失敗。


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