第153話 純然たるネコ科ネコ属


初詣の翌日、西宮は床に伏せていた。

と、言っても軽い風邪のような症状だったのでベッドで横になって時間を持て余している。


故に彼女はグループチャットにお気持ち表明をした。



(西宮)『風邪になったから家に来なさい』


(南雲)『もう1回自分の送った文章読んでみて?』

(北条)『悪い、西宮。うちもお袋と美保が急に熱出して……』

(東堂)『え……2人のお守りって、『無病息災』と『家内安全』だったよね?』

(南雲)『こっわ! 絶対それ呪われてるよ!』

(東堂)『いや、おみくじの大凶のせいかも……』


(西宮)『なんでもいいからお見舞いに来なさい』



しかし、家族の看病がある北条と配信予定がある南雲はお見舞いに来れないらしい。

なので唯一お見舞いに来れる東堂に西宮が車を手配した。


それからしばらくしてマスクを掛けた東堂が西宮の寝室に入ってくる。



「体調はどう? 熱は無い?」


「体調は問題ないわ。熱だけ少しあるみたいよ」


「確かに、いつもより少し顔が赤いね」



寝巻姿でベッドに腰を掛ける西宮に東堂が少しの間見惚れた。

ほんのり汗で濡れた部分に長い黒髪が張り付いてるのがなんとも扇情的である。



「……ん? ちょっと待って? 麗奈、本当に熱は少しなの?」



もう一度、東堂がよく観察すると見れば見るほど微熱とは思えなかった。

そもそもが汗を掻いている時点で怪しいのだ。



「麗奈が熱を測ったのはいつ?」


「朝よ」


「……今は昼過ぎだね。もっかい測った方がいいよ」



急遽、召喚した五味渕に体温計を借りた東堂が西宮の熱を測ろうとする。

すると西宮は胸を寄せて谷間を作った。


「いや。今はそういうのいいから。ちゃんと測ろう」


西宮の体調にかかわる事なので東堂も至って真面目である。

そうして測った西宮の体温は38.1度。普通に発熱していた。



「麗奈……本当に体調は大丈夫なの?」


「まったく問題ないわ。寒中水泳も余裕よ」


「泳げないよね? なるほど、麗奈は熱が出るとテンション上がっちゃうタイプなんだ」


「全然平常運転よ。不動と言われる私のテンションを上げられたら大したものよ」


「あー……うんうん。わかったから、とりあえず今日は安静にしとこうか」



どうやら西宮は朝の時点では微熱で暇をしていたようだが、東堂が来るまでに症状が悪化していたらしい。

東堂は明らかに言動がおかしい西宮をベッドに寝かそうとしたが、暇を嫌う彼女はそれを拒絶する。


その攻防は少しの間続き、最終的には抜け出そうと抵抗する西宮を東堂はベッドに組み伏せた。



「はぁ……、はぁ……。こんな時に私の寝込みを襲うつもり?」



安静にさせようとしているのに暴れる西宮を見て東堂は少し荒療治をする決意をした。

組み伏せた状態で手首を持って西宮の体に覆いかぶさる。


そして、いつもより真面目なトーンで耳元に口を寄せて囁いた。



「それで静かになるなら襲おうか?」


「…………!?」



到底東堂の口から出ないようなワードに目を白黒させる西宮。

冗談か、本気か。熱も相まって回らない頭で考えを回そうとしている間に東堂は離れて布団を掛ける。


ちなみに、東堂が言った襲うというのは物理的な拘束の意味で、性的な意味があるという事を彼女は知らない。


とは言え結果的には思惑通り大人しくなった西宮に東堂は優しく語り掛ける。



「大丈夫。僕は傍にいるから。ベッドでゆっくり話しでもしよう? 寝たいときに寝ていいからね」


「…………ええ」



ベッドの横で五味渕が用意してくれた椅子に腰を掛けた東堂。

彼女は穏やかな表情で西宮の雑談を聞いているが、内心では毛布からちょこんと顔を出す西宮の姿を見て悶えている。


その後、西宮は思ったより無理をしていたか少しの雑談の途中で眠りに落ちてしまった。


そんな西宮の頭を東堂は慈しむようにゆっくりと撫でる。

彼女が深い眠りに落ちていることを確認すると額の冷却シートを交換した後、その綺麗な寝顔を目に焼き付けた。

しばらく観察をした東堂はおかゆを作る為に部屋を退出した。


尚、五味渕の話では3時間くらい寝顔をガン見してたらしい。



***


西宮が起きると東堂はおらず、書置きだけが残されていた。


『おかゆを作ってきます。何かあればスマホで呼んでね』


西宮はゆっくりと寝る前の行動について思い返す。

すると、東堂にベッドで『攻め』られた事に対してモヤモヤとした感情を抱く。


西宮としては東堂は『受け』だと思っていたのでコレジャナイ感が凄い。

しかし、今になって冷静に考えて見れば、それはただの先入観だったのかもしれない。

あっても『ヘタレ攻め』だと思っていた彼女は、もしかしたら実は『バリタチ』なのかもしれない。


深く思案した西宮は真相究明する為、ジャングルの奥地へと足を運んだ。



***


眠りから覚めた事を東堂に連絡すると彼女はすぐに駆け付けてくれた。

西宮は毛布をどけてベッドに背を預ける。



「どう? 少しは楽になったかな?」


「わからないわ。ただ、汗を掻いてしまって……タオルで拭いてくれないかしら?」


「なるほど? ちょっと待っててね」



東堂は風呂桶とぬるま湯を用意して浸かった濡れタオルを絞ってから西宮に渡す。

しかし、西宮はそれを受け取らない。



「……ッ!? 両腕が鉛のように重いわ……東堂さん、服を脱がせて拭いてくれないかしら?」


「えぇ!? さっき普通に手で毛布を動かしてなかった!?」


「……細かい事はいいからさっさと脱がせなさい」



それでもおずおずと手をこまねている東堂を見て西宮はガバッと寝巻を脱いだ。



「ひゃ、ひゃあ……! 麗奈! せめて反対向いて!」


「まったく、さっきの気概はどうしたの? それとも、この状態で暴れたらまた襲ってくれるのかしら?」


「そ、その時は五味渕さんを呼ぶよ!」


「あー、もう。まどろっこしいわね。さっさと私の胸を揉み…………ハッ!?」



その時、西宮は気づいた。

頬を紅潮させ手で顔を覆う彼女は見るまでもなく『バリネコ』であるということを。


こうして一つの謎が解けた事により西宮の病気は快方へと向かっていった。



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