第142話 伝家の宝刀
(前回のあらすじ)
そんな彼女は死出の旅路へ向かう前にキッチンであるものを見つけた。
最後の望みをソレに託して握りしめ、
――今、ゆっくりと十河の元へと歩み寄る。
***
ゆっくり、ゆっくりと十河にバレないように歩む南雲は後ろ手に持ったソレで十河を暗殺、
……する訳ではなく、とにかく時間を掛けて廊下へと向かった。
「あ、先輩♡ 準備出来ましたか?」
廊下への扉を開けると十河は満面の笑みで南雲を迎える。
「う、うん……もう、だいぶ心の整理はついたから……」
後ろ手にモジモジと手を組みながら西宮の隣へと移動する南雲を見て十河のテンションは上がる。
「はぁ、はぁ……♡ もうすぐ先輩の家で先輩とキス……可愛い先輩の唇、絶対やわらかい……もしかしたらその先も、或いは毎日……」
(か、彼女、相当に出来上がってるけど、本当にするの!?)
(西宮さん……もう私はすべてをコレに賭けるよ……)
(そっ、それはッ……!?)
南雲が大事に大事に握りしめて温めて来たのは……
――『ちくわ』である。
ちくわ(竹輪)とは、魚肉のすり身を棒に巻きつけて加熱した加工食品である。
魚肉練り製品の一つである『ちくわ』を、南雲は人肌で温めて疑似的な唇へと昇華させようとしていた。
(あ、あなたアホなの……? 絶対バレるわよ!!)
(いや見てて西宮さん。私は不可能を可能にする。はぁッ!!)
南雲はちくわを絶妙な力加減で押して、
〇 ⇒ ∞
上記のように円を潰して唇の形(?)を作った。
要するにアホだった。
「そ、十河さん。私に合わせて屈んだら目を瞑って顎を上げて……?」
「せ、せんぱぁい……」
頬を上気させ、まるで変質者のように発情している十河。
彼女はそれ以上は何も言わず両手を胸の前で組み、キス待ちの体制に入った。
相対する南雲は右手を十河の頬に添えて左手は自身の顔の近くでちくわを構える。
そして刹那、南雲は神速のちくわ突きを放つ。
――Chu♡
触れたのは一瞬。
即座に一撃を入れた南雲は即座に離脱して再び得物を隠す。
西宮はまるで一撃離脱の居合の神髄を見た弟子のような気分だった。
場に静寂が訪れる。
そして十河の反応は…………
「…………せ、先輩との初キス最高!! ですっ♡♡♡」
まさかのキス判定だった。
「そ、そうかい。めちゃくちゃ恥ずかしかったんだから、もう今日は帰って……」
「はい!! 約束は守ります!! ……杏樹ー、今日の合宿は中止だってー。帰るよー」
目をハートマークにした十河は意外とあっさり帰ってくれそうだった。
だがしかし、十河が自慢げに四方堂にキスの話をしたことで話はややこしい方向へと進む。
残念ながら、サイコレズはまだあと2人控えているのだ。
「お、お姉様……その……」
「なるほどね。そうなるのね。みなまで言わずとも完全に理解したわ」
「お姉様……♡」
西宮は南雲にアイコンタクトを送り伝家の宝刀を譲り受ける。
適当に雰囲気的な問題という理由で人払いをした後、2人きりで同様に目を瞑らせた。
西宮は呼吸を落ち着かせ、後ろ手にしっかりと握った得物を人肌に温める。
(私に南雲さんのような神速の
――Chu♡
少し捻りを加えて極力唇との接触面を減らした西宮のこの技は、後に『ちくわ返し』として後世に語り継がれた。
無事に四方堂も腰砕けになり、伝家の宝刀は再び南雲の元へと渡った。
「リリィちゃん……私だけ仲間外れ、ですか……?」
「はぁ……もうしょうがないにゃあ。。。 おいで?」
こうして、鮮やかなちくわ三連斬により南雲と西宮は窮地を脱した。
ちくわしか勝たないのである。
***
翌日の登校時。
「えぇ……そんな事が……2人とも、次何かあったら僕に連絡して。必ず助けに行くよ」
「あーちゃん……! しゅき♡ 今からチューしよ!」
「ご、ごめん、ゆーちゃん。僕、今ちくわ持ってないから……」
めでたくストーカー撃退アイテムに『ちくわ』が仲間入りを果たしていた。
「……てかさ。え、結局どういう事? じゃあ彼女たちは南雲の家に何しに来たんだ……?」
「そうね……ちくわにキスだけして帰って行ったわ」
「え、やばぁ……」
改めて字面にすると非常にエグい。
キモすぎる後輩に北条の顔面からは血の気が引いていた。
「しかもその3人って同じちくわで間接キスしてたんだよね……?」
「そうよ。これぞ、
「やかましいわ」
***
尚、今回の撃退に使用したちくわは接触面のみを切り取り、
後で
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