第141話 闇落ち・オア・アライブ
無法地帯となってしまった南雲の部屋で西宮は初めての挫折を味わった。
自分自身も奇人変人というカテゴライズをされ続けた十数年。
上には上がいるという世界の広さを知った。
「よし。今日はもう帰りましょう」
――ガシィッ!!
「ねぇー? ……西宮さん? どうして一人だけ楽になろうとしてるのー??」
いい感じに逃走しようとしたが失敗した。
かつてこんなにも南雲が西宮を求めた事があっただろうか。
しかし、不思議と西宮はまったく嬉しいとは思えなかった。
「せめて十河さんを処理してから帰って!」
「む、無理よ! ……あなたが育てたならちゃんと責任をもって世話しなさい!」
現在、廊下で2人ヒソヒソと作戦会議をしている。
西宮を以てしても十河というバケモノは手に余る存在だった。
「……いい? ガブは私が責任を持って対処するわ。だから、あなたも一度、十河さんと腹を割って話してみなさい」
「もしダメだったら……?」
「そ、その時はきっと十河さんの事が今よりもっと好きになるわよ」
「闇落ちしてるじゃん!! ワタシはまだ心を失いたくないよ!!」
「も、もしかしたら可愛い一面もあるかもしれないじゃない!!」
「ないでしょ!! そんなもん!!」
「せーんぱい♡ 何話してるんですかー?」
「「ひッ……!!」」
争う2人の声を聞いてご本人様がやってきた。
南雲と西宮は小さく悲鳴を上げてお互いに身を寄せ合う。
まるでホラー映画のワンシーンだった。
(ほ、ほら! 南雲さん早く言って!!)
(ちょっとまだ心の準備が……)
(いいから早く! 段々と首の角度がホラーに見えてきたから!!)
ホラーでもそうだが、怖い顔されたり脅かそうとされるより笑顔で近寄ってくるのが一番怖い。
「そ……十河さん! 実は話があって……実はその、その……」
(ほら! 勇気を出しなさい!)
「え♡ まさかこれって……」
どう見てもアレの前のような会話の流れになっているが、どう考えてもアレをする雰囲気ではない。
「十河さんッ! あなたの事が好きです! 西宮さんが!!」
「…………なんでやねん(棒読み)」
ぺしっ。
西宮が南雲の頭をはたく。
すると、十河の瞳からはハイライトが消え虚ろな表情で体はさらに傾く。
「あれぇ? いま西宮先輩、先輩の可愛い頭殴りましたぁ?」
「ち、違うの! 今のは漫才の練習よ! イッツジョーク。そしてついでにタイムを要求するわ!」
「…………」
西宮は両手でTの字を作り再び南雲と作戦会議に入った。
尚、いまこの瞬間も十河の圧はヤバい。
(な、何をやってるの!! 余計に首が傾いちゃったじゃない!!)
(西宮さんお願い! 今日だけ彼女と付き合ってくれない? 今日だけだから!)
(私を巻き込まないで頂戴!! ……なるべく彼女を刺激しないように、今日の合宿は中止にしましょう)
「十河さん? 悲しいお知らせがあるんだけどさ……きょ、今日の合宿は急遽中止に……」
「えー! どうしてですか!?」
「それは想像以上に君がヤバ……(ぺしっ)
あーっ、と! そう! 西宮さんの執事が両足を骨折した上に、インフルエンザとコロナの両方に感染したらしくて……」
「……両足? というか、骨折してるのに内科に行ったんですか?」
「内科から帰る途中よ! そこで事故に合ったらしいわ! 病室で彼女は『くー! 最後にお嬢様に会いてー』と言っているらしくて!」
「はぁ……? 先輩たち、もしかして嘘ついてます?」
「ついてました、はい! ごめんなさい! タイム!」
ここで南雲監督は本日3度目のタイムアウトを申告した。
(両足でも怪しいのになんでインフルとコロナをよくばりセットにしたの!?)
(こ、後悔も反省も後にしよ! 今は目の前に集中! 一本集中ーッ!!)
(全然、集中してないじゃない! もういいわ! 私が強引に話をつけるから)
「十河さん。実は今日、南雲さんは宗教上の都合で合宿が出来なくなったの」
「……それも嘘なんですか?」
「もち……(ぺしっ) 無宗きょ……(ぺしっ) ……嘘じゃないよ」
西宮は早くも諦めようとしている南雲を叩いて喝を入れた。
「なんて宗教なんですか?」
「えぇ……? そ、それは……
「そ、そう! 開祖の百合聡美様から集合が掛かって!」
とりあえず十河が知らなそうな名前でパッと思いついたのは担任の名前だった。
百合は自分の知らないところで勝手に宗教の開祖にされている。
「随分と怪しい宗教ですね。先輩が騙されてないか確かめに行きます」
「だ、ダメダメ! 十河さんは入会費払ってないもん!」
「え、先輩……やっぱり騙されて……」
「大丈夫よ。年会費は無料だから」
「全然大丈夫じゃないです! ……まさか西宮先輩までそんな怪しい宗教に?」
「……いえ、私は違うわ」
「ちょ!? なんで
土壇場でこれ以上巻き込まれたくないという欲が出た西宮は急にはしごを外した。
「……はぁ。先輩はそんなに私に帰って欲しいんですね?」
「え! 帰ってくれるの!?」
支離滅裂な漫才ばかりする先輩たちを見て遂に察した十河。
察したというよりは諦めがついたと言った方が正しいだろう。
ため息を吐いて顔を曇らせる彼女とは対照的に南雲の表情は明るくなった。
「お別れのチューしてくれたら帰ります♡」
が、その表情もすぐに絶望に染まる。
「ちょっと心の準備をさせて……」
今度は一人で廊下から離れ、キッチンにある冷蔵庫を開けてお茶を飲む。
その時、考えをまとめようとした南雲の目があるものを捉えた。
(も、もうこれしかない! 一か八かだ!)
南雲はそれを握りしめ、少しの時間を置いてから十河の元へと向かった。
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