第138話 放送事故の達人


「はい、北条。缶コーヒー」


「おう、ありが……」



自販機に飲み物を買いに行った東堂は、北条からついでにと頼まれたホットの缶コーヒーを手渡そうとしていた。



「あら、。私の分は無いのかしら?」


「えっ……」


東堂は衝撃のあまり、受け取ろうとした北条の手をスルーする。



――ぴとっ。



↑↑↑

(北条の顔面にホット缶を押し付ける音)



「――あ”っ”っ”っ”づッ!? おい!! ゴルァ、東堂!!」


「ご、ごめんっ! で、でも、いま麗奈が僕の名前を……!」


「あ”? じゃあ西宮が元凶か。おい西宮、お前にも根性焼きさせろ」



北条は東堂から受け取った缶コーヒーを西宮の顔面に近づける。



「やめなさい。私に関する全ての責任は東堂さんが取るという契約になっているわ」


「なってないよ!? ……でも、本当になんで急に『あかりん』って?」


「あぁ、それは……」



矛先を変えた北条をノールックで躱しながら器用に西宮と会話する東堂。

西宮はここ数日の内容を回想した。



***


「はぁぁぁっ! 昇竜パーンチッ!!」


「セーラちゃん、うるさい。いちいち技名叫ばないで。近所迷惑」


「でも、見て下さいリリィちゃん! レイにゃとの練習の成果で簡単に出せるようになりました!!」



連日、セーラと練習していた西宮は『レイにゃ』の愛称で呼ばれることになった。

いつもの冗談で『レイにゃ』と自己紹介したのだがセーラは気に入った模様。


ちなみに、ここで西宮は例の『あかりん』の話についても聞いた。



「サラ。それは練習と言うより簡易入力にしただけよ」



対して西宮はセーラの事を『サラ』の愛称で呼んだ。

地元ではSarahセーラはサラと呼ばれていたらしい。

これまた冗談で『サラ』って呼んでくださいと自己紹介した結果、西宮は気に入った模様。


お互い初の快挙である。



「簡易入力の練習って……方向ボタンと技ボタン同時に押すだけじゃん……」



近年の格闘ゲームには初心者にも分かり易いように、複雑なコマンドをせずとも同時押しのみで簡単に技を出せるような仕組みとなっているものも多い。


今回の大会で扱われる『まちカドファイター』も例に漏れず、

有名な『波動を飛ばす技』などに関してはなんと1ボタンで使用する事が可能。


しかし、チュートリアルをやらないセーラは今までそれを知らなかった。



「サラはゲームをやる時はいつもこんな感じ放送事故なの?」


「はい! 『伸びしろあるね』ってよく言われます!」


「まぁ……下地がまったくない更地だし、むしろ伸びしろ以外はなにもない」


「なるほど。私は逆にサラの配信に興味が出てきたわ」


「セーラちゃんのおすすめの切り抜きあるよ」



南雲がおすすめしたセーラの切り抜きのタイトルは『対指示厨最強殺人兵器・夜咲』と書かれていた。

西宮は渡されたスマホでやたら漢字の多い仰々しいタイトルの動画を視聴する。


内容としては、夜咲のゲーム配信に指示コメがされた際の動画だった。

本来、彼女の配信では歴戦の夜咲リスナーはもちろんのこと、プレイングがヤバすぎて初見ですら指示をしようとすら思えないレベル。


しかし、この日はそれでも指示をやめなかったリスナーに対して夜咲が、


『ちょっとコメントじゃ分かんないから、ディスコ来て☆』


と、招待した。これはもちろん皮肉でもなんでもなく夜咲の天然に依るものである。

その後、画面共有で指示厨のプレイを全世界生配信した事で夜咲は伝説となった。


逃げるに逃げれなくなった指示厨はその後、お世辞にも上手いとは言えないプレイを晒し逆に指示コメされる始末。


しかし、当の夜咲はそのプレイを見て、

『なるほど! そうやってやるんだー! お上手ですね♪』

という、天然煽りをするという。ある意味で公開処刑だった。


今では全指示厨が匙を投げ、泣いて逃げ出す夜咲ともっぱらの噂。



「……これはすごいわね。というより、夜咲さんは配信だとだいぶキャラが変わるのね?」


「はい! オタク受けしそうなキャラ作ってます!」


「こら。そういこと言わない」


「逆に南雲さんは普段と違ってローテンション気味ね」


「あっ、でもレイにゃ! リリィちゃんには熱いシーンがあって……」



今度はセーラが西宮に梅雨町の配信アーカイブを見せた。

セーラが梅雨町沼に落ちた伝説の先輩雄姿シーンである。(※60話参照)


尚、セーラは梅雨町アーカイブの見どころは全て暗記していた。



「ちょっ!? それはダメ!! ワタシが叫びながらショットガンをクソ外しした動画でしょ!?」


「いえ! あの熱い言葉。みんなの心には命中してました!」


「いや、そういうのはいいから」



そんな感じで今日も和気藹々と賑やかに遊ぶゲーム部の風景をふとスマホで写真に収めた。

それを思い出として大切に慈しむ。


……という、ワケではなく、勝ち誇ったかのように十河に送りつけた。



南雲はまさかセーラがそんな目的で写真を撮っているとは露知らず。


――そして、翌日。事件は起こる。



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