第134話 惨劇の裏も惨劇
東堂の家で姉たちが吐き散らかしていた際の回想で万里はこう言っていた。
『ちょっと、作戦があってね。ペースは落としてるんだ』
お気づきかとは思うがこの作戦、碌なものではなかった――
***
「ほな、ものまねやりまーす! リクエスト募集~!」
「じゃあ、ヴェロキラプトルやって」
「わいの十八番やん。いくでー、よー見とき?」
本日は飲みのペースを抑えている千堂と万里はアホみたいなノリのアホみたな大学生を遠い目で見る。
前回の自分たちも
「ヴィエェーッイ!」
「すご、そっくりじゃん」
「そ、そうなんですか? 私も今度ヴェロキラプトルの動画探してみようかな」
「百合先生……酔っ払いの奇行は相手にしない方がいいですよ……」
「でも、ふふっ。彼女たちは本当に楽しそうに飲みますね。 ……ちょっと羨ましいです」
優しい百合は匙を投げずに東堂姉妹に構ってあげていた。
それどころか、何のしがらみもなく自由な飲み方が出来る東堂姉妹に百合は少しの羨望の眼差しを送っている。
やはり、社会人として、特に教師としてはそう簡単にハメを外すことは出来ない。
……まぁ、前回ハメを外していた教師は居たが。
「あ、そうだ。今回の飲み会に誘ってくれてありがとうございます。こうやって彼女たちの為に会を開いてくれるなんて、お2人は本当に優しいんですね」
「ぐッ……! い、いやいや。教育者として当然の行いをしたまでだよ」
「そ、そうですよ。あまり褒められるとその……心苦しいと言うか……」
『あなたを飲み会に誘き出す為に教育実習生をダシに使いました』とは口が裂けても言えない。
そもそも、実は彼女たちとはほぼ初対面である。
国語担当の碧と数学担当の茜。
どう考えても化学担当で他の教師と喋らない千堂と養護教諭でだいたい保健室に居る万里とは接点などあるはずがなかった。
そんな事は知らず、百合は2人に尊敬の眼差しを送る。
当然、百合がその事実に気づく事はなく、飲み会が終わる頃には東堂姉妹は酔い潰れていた。
そこからは千堂と万里にとって『ダシ』はもう不要なのでさっさと帰宅させる事に。
彼女たちの自宅は駅から近いのでタクシーですぐだ、と言ってなんだかんだ自分たちの足で帰って行った。
「だ、大丈夫でしょうか?」
「目的地はタクシーで一緒に確認したので大丈夫でしょう。そ、そんなことより……うっ……急に酔いが……」
「さ、聡美ちゃん。私も急に酔いが……」
「え、えぇ!? 急に来ましたね!? え、えーとビジネスホテルの予約は、っと……」
ペースはキープしていたらしい2人に急にアルコールが襲い掛かる。
――まぁ当然、噓である。
彼女たちが飲んだのは最初の一杯がウーロンハイだったものの、その後に飲んでいたのはウーロン茶である。
つまりは酔っているフリ。
そんな彼女たちは一体何を企んでいるのかと言うと……
「大丈夫、今回は意識あるから。出来れば聡美ちゃんのお家で休憩させてくれないかな?」
「……休憩、ですか? えーと……意識があるならご自宅でゆっくり休んだほうが……」
ごもっともである。
「くっ……私の家は遠くてね……既にもう寒さの限界なんだ」
「な、なるほど。でも……そうなると、うちに毛布とかが余ってなくて……」
そこでごそごそと万里がリュックを漁る。
「なんという偶然。寝袋持ってきててよかったー(棒読み」
「すごい偶然!? え、万里先生って普段からリュックでしたっけ?」
百合の記憶では、今まで万里がリュックで通勤しているところは見たことがない。
そもそも何を想定して寝袋を持ち歩いているのかが謎だった。
「百合先生、私もご一緒しても?」
「え、えーと? 千堂先生も寒いうえに自宅が遠いと?」
「はい」
「……ちなみに。千堂先生も普段からリュックでしたっけ?」
当然、千堂のリュックからも寝袋が出てきた。
今日に限って偶然リュックで通勤して、偶然寝袋を持参してきた彼女たちは偶然百合の家に泊まることとなった。
しかも2人。
こんな天文学的な偶然を目の当たりにしても、2人の下心を疑う事が出来ないのは百合の聖人たる所以であった。
***
百合の住むアパートは明らかに自分たちの自宅より遠かった。
そんな事実はひた隠し、遂に百合の自室へと上がった2人は肺一杯に空気を吸い込む。
「狭い部屋ですが、どうぞ上がってください。暖房入れてきますね」
スリッパ履いてをパタパタとリビングへと向かった百合の背中を見守る2人。
「……いいですか、万里先生。今日は手を出さない。そういう約束ですよ」
「約束は守るよ。君こそ、抜け駆けはしないでくれよ」
しかし、その約束が守られることは無かった――
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