第132話 恋と涙と鋭利な刃物
帰り際にとんでもない事をされた北条は帰宅してから西宮とメッセージのやり取りをしていた。
『明日、東堂とバイトで顔を合わせづらいんだが』
『どうして?』
『んなもん、東堂より先にお前とアレしたからに決まってんだろ』
『アレって何?』
『シバくぞ』
明日、北条は100%の確率で東堂から西宮とのデートの内容を聞かれるだろう。
『なんて説明すんだよ』
『わりぃ。俺、キスした ☜これ』
『殺すぞ。てか、俺が殺されるわ』
『じゃあ、隠すしかないわね』
少し、北条は間を置いて考えた。
『いや、正直に話そうと思ってる』
『そう』
西宮は短い返信の後、
『あなたに任せるわ』
そう付け加えてやりとりを終えた。
北条は目頭を押さえて天を仰ぐ。
そして、大きく息を吐いたのち、明日の話し合いの準備に取り掛かった。
「えーと、『美保へ お前がこの手紙を読んでいるころに俺は……』」
***
翌日、あらかじめ帰りが遅れることを家族に伝えた北条はバイトあがりに東堂とファミレスで話をしていた。
「北条。今日はバイト中ずっとソワソワしてたよね。何か言いたい事あるんじゃない?」
「お、おう。 ……一応、聞いとくけどお前、ナイフ使う食いもんとか頼んでねぇよな?」
「……? とりあえず、ピザとサラダしか頼んでないけど」
「ここのピザカッターって鋭いんかな……?」
「???」
開幕の冗談はさておき、メニューが来始めてから北条は本題に入る。
「西宮とデート、というか遊びに行ったのは普通に楽しかったわ」
「そうなんだ。楽しんでもらえてよかったよ」
「あいつ、意外と動物に詳しかったぞ」
「恐竜にも興味を示してたし、生き物が好きなのかな」
「ほんで、その、まぁ……いろいろあって」
他愛ない話から入り、早速問題の件について触れた。
「……あいつにキスされた」
「…………」
ピザを切っていた東堂の手が震える。
「や、やめろ! せめて顔だけは……!!」
「やらないよ! 大丈夫、僕は大丈夫……」
「そ、そうだよな? 東堂は大丈夫だもんな!?」
北条がチラリと窺ったピザカッターは何度か行ったり来たりを繰り返していた。
震える手先で往復させた為、ピザの切断面はズタズタになっている。
次に『ああ』なるのは自分かもしれないと北条は固唾を飲んで見守った。
「…………ふぅ。大丈夫。落ち着いたから」
「その……俺が言う事じゃないけど、意外と立ち直り早いんだな?」
「まぁね。北条の仕草から悪い報せであるのは覚悟してたから」
意外と冷静な東堂に驚いた北条だったが、彼女がピザカッターを置くまでの動向には注視していた。
「……最近、心境の変化があったんだ」
「まさか……西宮、お前……ついに東堂に見限られたか」
「ち、違うよ! ……麗奈がさ。堂々と3股宣言をしていたから、いずれはこういった事にも慣れなきゃいけないのかなって」
「お前……いい女過ぎるだろ……」
南雲との喧嘩の際に西宮から聞かされた彼女のスタンス。
『――私は仮にあなたと付き合ったとしても、他の2人とも付き合うわよ』
それはつまり、キスも……あるいはその先も。自分以外の女性と行為に及ぶという宣言だった。
東堂は西宮を好きになってしまった以上、それはもう受け入れるしかない。
それを『いい女』と呼称する北条に東堂は問いかける。
「北条はさ。もし、ゆーちゃんが僕と付き合うけど、北条とも付き合ってもいいって言ったらどうする?」
「えっ? 南雲がそれでいいなら付き合うけど。余裕で」
即答だった。
「それと同じだよ。で、でもっ、……さ……」
気丈に振舞って見せた東堂だったが北条と話しているうちに色々と込み上げてきた。
肘をついて片手で顔を覆う東堂は嗚咽を隠す。
「……やっぱり、まだ……辛いよ……」
自分が逆の立場だったら?
と、思うと東堂が気の毒でならなかった。
でも同時に湧き上がる疑問。
『じゃあ、西宮が悪いのか?』
答えは否だろう。
勝手に惚れて、勝手に傷ついているのだから。
よく聞く恋にまつわる話に『惚れたら負け』というのはあながち間違いではないのかもしれない。
***
とりあえず、北条は何も言わずに東堂が落ち着くまで待った。
嗚咽が消えた頃を見計らって東堂を励ます。
「まっ、そのー……まぁ、今回みたいな事を何度も繰り返せばさ、そのうち西宮スタイルにもなれるだろ。 ……多分」
「……うん」
「今日は俺が奢るから好きなだけ食え! デザート制覇してもいいぞ!」
「ありがとう、北条……ん? でも、北条にありがとうはおかしいのかな?」
元凶は西宮だが一応恋敵である北条にお礼を言っていいものかと東堂は迷う。
それでも、努めて明るく振舞ってくれる彼女に感謝をしながらメニュー表を見た。
「あ、そういえば気になったんだけど、麗奈って前の学校とかで日常的にキスとかしてたのかな? ……流石に今回がファーストキスなんて事はないよね」
北条の笑顔が引き攣る。
そこにお気づきになられましたか、と。
彼女はとりあえず、この気まずい状況ではそこの部分はぼかそうという魂胆だった。
「ん? ……北条?」
「さ、流石に、なぁ? そーれは……流石にだよなぁ?」
「…………北条」
嘘が下手すぎる女、北条茉希。
「ハンバーグ注文して」
「ちょっ!? ナイフはマズいって! 今日はスパゲッティにしよ? な? ドリアもあるぞ!」
彼女は無事に家路に着くことが出来るのだろうか。
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