第130話 母親認定試験


東堂がデート場所に提案したのは無難に動物園だった。


選考基準は、

・2人きりにはならないところ

・明るい場所が多いところ

・北条が興味なさそうなところ


要するに、怪しい雰囲気にならない場所にした。

なったとしても事が出来ないところでもある。


ちなみに、北条はあまり動物に詳しくない。(東堂リサーチ)


実際にそれは当たっていたのだが、残念ながら東堂が懸念したもう一つの可能性も当たっていた。



――当日、快晴、動物園にて。



「絶好のデート日和ね。エスコートはよろしく」


「俺がするんかい。動物とかあんま知らねぇぞ」


「そっちは任せなさい。私の動物好きはその界隈では有名よ」


「どの界隈だよ。東堂も知らなかったんじゃね」



そう、彼女は謎に恐竜に興味を示したように、動物にも興味があった。


西宮は歩き出した北条の隙を見計らって腕を組む。

北条は前回の西宮との服選びの際、この一件で相当なカロリーを使うことになった。


なので今回は余計に抗うことはせず、流れに身を任す。

……と、見せかけて頭を肩に傾けようとする西宮に反抗した。



「あんま調子乗んな。歩きにくい」


「チッ……(ここまで受け入れてる癖に無駄な抵抗をするわね……)」


「おい、お前いま舌打ちしなかったか? 腕も解くぞ」


「するわけないじゃない。私のような品行方正なお嬢様に舌打ちさせたら大したものよ」


「そうだよな? 今日は人目も多いからマジで頼むぞ」



東堂とのデートとは真逆の扱いを受けながらも北条とのデートが始まった。



***


・コアラ


「なぜコアラが1日に20時間も寝てるのか知ってるかしら?」


「え? コアラって20時間も寝てんの? なんで? 暇なん?」


「主食のユーカリの毒を分解する為に体力を使ってるらしいわよ」


「うわぁ……じゃあ、あいつ美味そうに毒草食ってんのか……苦労してんだな」



・アルパカ


「アルパカは気に入らないことがあると相手にゲロを吐くそうよ」


「きったな……人間社会では考えられないよな」


「でも、千堂先生と万里先生は好きな相手の前でゲロ吐いてたわよ」


「あー……まぁ、あれはあの人たちなりの求愛行動だから」



誠に意外な事に西宮は動物にそれなりに詳しかった。

西宮が普段見ているAVというのはアニマルビデオなのかもしれない。


そして2人は鳥のエリアにやってきた。



「北条さん、今日11月22日がなんの日か知ってる?」


「当たり前だろ。ペットたちに感謝する日だ」


「違うわよ。……いや、厳密に言うと違わないのだけど……」



11(ワンワン)月22(ニャンニャン)日という語呂合わせらしい。

北条はそれを朝に見たニュースで知った。


が、不正解。



「11(いい)月22(夫婦)日の日らしいわよ。まさに今の私たちね」


「カップルですらないんだが? ……何? オシドリ見てオシドリ夫婦とか言いたかったわけ?」


「ちなみに、オシドリは毎年相手が変わるそうよ」


「は? 何股も掛けるって事? お前みたいじゃん」



辛辣な指摘を受ける西宮だが11月22日の話をしたタイミングは特に意図のあるものではなかった。

西宮の話に脈絡がないのはいつも事である。


しかし、このタイミングで奇跡が起こる。



「……ママぁ?」



2人の前に現れたのはおそらく3歳か4歳くらいの幼女。

とてとて歩いて来た幼女はピタッと西宮の足に抱き着いた。



「え……お前まさか、子、持ち……はっ!? だから夫婦の話したのか!?」


「ち、違うわよ!! 私の年齢でこんな大きい子供がいる訳ないじゃない!」


「ママぁ……ママちがうの??」



テンパった2人のやりとりに子供が涙ぐむ。

当然、その仕草を見た2人が更にテンパる。


無限ループの完成である。



「こ、ここは俺に任せろ。グズる子供の世話には慣れてる」


メビウスの輪から抜け出した北条が目の前の幼女に妹の姿を重ねた。


「……ほら。ママだぞー。泣くのはやめろなー? お名前教えろー?」



しゃがんだ北条は両手を広げて笑顔を作る。

幼女はじーっと北条と西宮を見比べた。


……正確に言うと2人のおっぱいを見比べた。



「ママちがう! ママこっち!」


「その部分をママとは言わん」


「ほ、北条さん。子供の言うことだから……ほら、来なさい」



ママ認定を受けた西宮は体を傾けて手を差し出す。



「や! ママだっこ!」


「えぇ……絶対重いじゃない……」


また幼女の目に涙が溜まり始める。


「おら、西宮。子供言うことだぞ。早くしろ」



人さまの子を勝手にだっこするのは気乗りしなかったが西宮が幼女を抱きかかえた。



「くっ……お、おも……え、この状態で迷子センターまで? し、死ぬわよ?」


「マーマ♪ マーマ♪ しゅき!」


そしてご満悦な幼女の両手はやがて凶器へと変わる。


「……んあッ ちょっ!!」



幼女が力の限り西宮の胸を揉みしだいた。

だっこするのに必死で意表を突かれた西宮からは嬌声が漏れる。



「おい。変な声出すな子供の前だぞ」


「で、でも、人前でこんな……んんっ!」


「人前で、ってお前……それ、割とお前がいつもやってる事セクハラだけどな」



こうして、西宮は数々の悪行の罪を贖いながら幼女を迷子センターに届ける事になった。



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