第121話 オタクが背負った業


現在1-Aでは東堂茜による数学の授業が行われている。

彼女の説明が非常に分かり易い為、授業はサクサク進んでいた。


例に挙げると、



「なんかxとyでグラフ作るじゃん? んでここが第一象限とか言ってて反時計周りに第二、第三とか言ってるけど……」

「こんなん覚えてなくていいから。テスト出ないし。その道の人だけ覚えてればいいって話」

「なので私はここを右上と言う。こっち左下ね。分かり易いでしょ?」



教室の後ろの方に控える教科担任は青筋を浮かべていた。

その後も茜は無駄をそぎ落とし淡々と授業は進めていく。


しかし、世の中にはその『無駄』に命を懸ける人間も居る。

例えばこの女――



「……どうしたの西宮さん? ここ全然挙手するタイミングじゃないけど?」


「茜先生は彼女居るのかしら」


「居ない。妹一筋。以上」



日本に古来から伝わる授業脱線方法が一つ、

『若い先生に恋人の有無を聞く』だ。


今回は失敗に終わったが西宮はなんとかして授業を脱線させようと画策していた。

ここで思い出すのは茜の趣味。

それは奇しくも西宮が明るい分野である。


だからこそ、ここは小細工なしの直球勝負で行く事にした。



「先生」


「なにかな西宮さん? そう簡単には脱線させないよ? 私を脱線させたら大したもんよ」


「茜先生の今季アニメtierリストを教えて貰えるかしら」



――ピクッ!


茜の動きが固まった。

食いついた。手応えを感じた西宮はここでリールを巻き上げる。



「私はあの死霊術師のやつとか結構好きなのだけど」


「『葬送ネクロ』ね。ふんふん、ふんふん。確かに一般向けという観点ではいいよね」



本当はタイトルを知っていたが西宮は敢えて外して問いかけた。

そうとも知らず自分の分野に飛び込んできたと錯覚した茜は饒舌に語り始めた。



「幅広い人間に受け入れられる話題性のあるアニメと言えば、やはり今季のイチ押しは『ポリス&ファミリア』。結構家族で見てるって言う意見も見るし、実際大学にいる年配の講師の方でも見てる人いたし。逆に小さい子も見られるようなデザインもしてて本当に秀逸だと思う。世間的にも『ポリス&ファミリア』見てますってなっても別に変な目では見られないのが大きい。ただ、やっぱりオタク的には今期はかなりいいアニメが多いから他にも注目して欲しい作品って言うのは一杯あって、私が他に見て欲しいもので言ったら……」


「……お、思いのほか釣った魚が大物過ぎるのだけど。ほ、北条さん」


「知るか。自分でなんとかしろ」



オタク特有の早口で延々と語る茜は二次関数のグラフを消して黒板にtier表を書き始めた。

意外とクラスでもアニメオタクは多かったのか茜の話を聞いてる生徒は多い。


そして、気付けば話はtierがやや低めのマイナーな異世界百合ファンタジー作品についての話題になっていた。



「いやぁねー。やっぱり3話。私はアリアの生き様に惚れたよね。1話からの伏線でまさか風の精霊と……」


「え? 3話だったら、私はイリスの方が好きだわ」


「ッスーーー……」



茜から謎の空気が漏れ出た。

今の西宮の発言によりクラスにも不穏な空気が流れ始める。


この物語の3話では3人の主人公格の人物がそれぞれの道へと進む描写が描かれる為、所謂『推しキャラ』が分かれる訳だが。



「ちょっと今からアンケート取る」


推しキャラアンケートの結果、

エレナ:6票、イリス:5票、アリア:4票(茜含む)、その他:3票


茜は少数派だった。と、言うか結構視聴者は多かった。



「ッスーーーーーー……」



明確にクラスの空気にヒビが入る。これ以上はマズい。

推しキャラ論争を始めたら血を血で洗う戦争が起きてしまう。


茜は今一度、深呼吸をしてから授業に戻ることにした。



「……ま、しょーもない11人は置いといて、授業に戻ります」



しっかりと捨て台詞は添えた。


オタクと言うのは絶対に自分の否を認めてはならない生き物なのである。

たとえ自分の推しキャラが少数派であっても多数派に屈する事は絶対に許されない。

それが教師であっても、だ。


なぜなら、彼女たちはそういった業を背負って生きているのだから。



***


再び授業が進み始めたその頃。


「はい。茜先生」


「なんだい? イリス派のしょーもない西宮さん」


「茜先生は百合エロゲはやるのかしら?」


「なにッ!? 西宮さんはエロゲにも明るいんだ! ふんふん、最近の私のおススメは……ちょっと待って」



エロゲの話題で盛り上がりかけた茜は授業の脱線よりも致命的な問題に気が付いた。



「に、西宮さんの年齢でエロゲって……」


「……なるほど? 安心しなさい『この物語の登場人物は全て18歳以上です』という事でなんとでもなるわ」


「あぁ、そっか、そっかじゃあ大丈夫か」


「大丈夫な訳ないです! 茜先生、ちゃんと授業に集中してください!」



流石にエロゲの話題はマズいという事で教科担任は止めに入った。


こうして無事、西宮の生徒指導室行きが決まったところで授業はようやく平穏を取り戻した。



***


しかし、実はまだ疑問が残っている。

何故、教科担任はアニメの話題の際に茜を止めなかったか、という事だ。


そう、それは――



――彼女がエレナ派だったからである。



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