第111話 クアッド梅雨町


「ゆーちゃんは嫌いなものとかあったけ?」


「ピーマン! あとパクチー!」


「ふふっ……ゆーちゃん、ごめん。鍋の具材の話だよ」


「うーん。じゃあ、多分特にないかな!」



現在、彼女たちは近くのスーパーで鍋の材料を買いに来ていた。

仲睦まじく腕を組んで歩く2人はまるで恋人同士に見えるだろう。



「あっ、セーラはしいたけが苦手です!」



――後ろに謎外国人が居なければの話だが。



「セーラちゃんには聞いてないかな」


「ま、まぁ可哀そうだから。一応、しいたけは無しにしてあげよう? 他に嫌いなものはない?」


「東堂さん……あなたはリリィちゃんの次にいい人ですね! 明里ちゃんって呼んでいいですか!?」


「あーちゃん。その子距離の詰め方エグいから気をつけて」


「別に明里ちゃんでもあかりんでも構わないよ」


「わお! じゃあ、あかりんで!」



相変わらず『東堂さん』⇒『あかりん』までの到達速度はバグっていた。

南雲はセーラのベクトルが自分に向いているので平常心を保てたが、もしこれで東堂狙いだった場合はセーラの命は無かっただろう。



「ところでセーラさんは鍋とか分かるの? 外国の方……だよね?」


「セーラはアメリカから来ました! 日本が大好きで子供の頃からたくさん勉強したので大丈夫です! 大学も日本の大学を出ました!」


「そんなに努力したのに現状はただのストーカーと……ご家族が聞いたら悲しむよ」


「あ! セーラはすき焼きがいいです!」


「既に話聞いてないし……しかもそれ鍋じゃないし……」


「いいんじゃないかな? まぁ……一応、すき焼きも鍋と言えば鍋だよ」



未だ年齢不詳の大きなお友達の要望で結局晩御飯はすき焼きとなった。



***


「わーお! いい匂いですね! 蓋開けていいですか!?」


「セーラちゃんステイ。一応、今日はあーちゃんの誕生日会なんだから」


「え!? あかりん今日誕生日!? それならそうと早く言ってくださいよ!」


「うーん、今日ではないけど……一応誕生日会って名目で祝ってもらう感じかな」


「がでぃっと! プレゼント取りに一回部屋に戻りますね!」



そう言い残してセーラは超特急で部屋に戻った。

隣の部屋でドタバタと音がしている。



「あ、そうだ。部屋の鍵しめよー」


「ゆーちゃん……ここまで来たら流石に許してあげようよ……」



程なくして帰って来たセーラがプレゼントを持ってきた。



「あかりん、ハッピーバースデー! これプレゼントです!」


「わー……これは力作だねー……」



それはセーラが自作した梅雨町リリィのオリジナルプリントTシャツだった。

しかも謎の7枚セット。



「あのさ。本人の前でよく堂々と自作のTシャツ渡せるよね。しかもこれ絶対に制作許可取ってないし」


「あかりんは背が高いのでサイズ合うと思います!」


「着てもいいやつなんだ……もしかしてこれ、一週間分ってこと……?」


「折角なので今からみんなで着て食べましょう!」



パーティー用に持ってきた別バージョンを2人に配りセーラ自身もオリTを着る。

東堂も今着ているカラーシャツの上からオリT着てみた。

それに倣って渋々南雲もブラウスの上から着る。


そして、3人の梅雨町リリィが鍋を囲み、向かい合う。


厳密に言えば、本人を含めた場合はそこに梅雨町リリィは4人居た。



「何これ? ファンイベのオフ会?」


「……僕の誕生日会なんだよね?」


「それでは頂きましょう! あかりん! どんどん食べて下さいね!」


「……なんでセーラちゃんが仕切ってるの?」



ちなみにこのすき焼きの内訳を表すなら、材料費は南雲が負担し、調理したのは東堂である。

2人の疑問符が多くなるのも仕方がない。



ただ、なんだかんだで盛り上げてくれた謎外国人のお陰でパーティは盛況に終わった。



***


「とても……ユニークな人だったね……」


「いいよ。変人って言っても」



パーティは終わり、南雲はマンションの前で東堂と少しだけ話す。



「ゆーちゃん、今日はありがとね。デートはまた今度しようよ。誕生日会はひとまず終わりで」


「あーちゃん……こちらこそありがと!」



南雲が言い出せなかったデートの再戦は東堂から持ち掛けた。

こういう思わせぶりな所を優しいと見るか、チャラ女と見るかは人それぞれである。



「これ、プレゼントだよ! 受け取ってー」


南雲は持っていた紙袋を東堂に渡す。


「ありがと。……みんなデート券くれたんだからプレゼントはくれなくていいのに」



了承を得てから東堂は紙袋の中から箱を取り出して開ける。


中身は――



「ぴ、ピアス?」


「うん。あーちゃん普段しないけどつけたら絶対カッコいいよ!」



それは北条がくれたスタッドピアスよりは少しだけ目立つフープピアス。


……とは言え、まさかのピアス被りである。

東堂は顔に出さないように努め南雲にお礼をした。



「わかった。僕もピアスに挑戦してみるよ! それじゃあ、今日はありがとう」


「うん! また来てねー!」



帰路についた東堂は一人複雑な胸中にあった。

現在、2人がくれたプレゼントはどちらもアクセサリー。


もしかして、自分はオシャレの出来ないダサ女だと思われているのでは?


そんな思いが巡り、一人冷や汗を流していた。



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