第110話 これが私の天職


東堂の予想では南雲と西宮はデートに対して受動的になると思っていたが、予想外に2人はデートプランを練っていたらしい。


と、いうことで本日東堂は南雲が住んでいるマンションに来ていた。


南雲が提案したのは『お家デート』である。

家でだらだら過ごした後、2人でスーパーへ買い出しに行って晩御飯には鍋を囲む。

シンプルかつほのぼのとした趣のあるデートである。


インターホンを押した東堂をモニターで確認した南雲はエントランスまで直接迎えに行った。



「あーちゃん、いらっしゃいませ!」


「わざわざ迎えに来なくても……今日はよろしくね」



南雲は東堂に抱き着いた後に腕を組んで自室へと向かう。

ラブラブカップルです!みたないな雰囲気を出しながらエレベーターを出て自室の扉を解錠しようとしたその時、



――そんな幸せ空間は破壊される事となる。



それは、おもむろに空いた隣のドアから現れた隣人によって。



「……り、リリィちゃん? その女の人は誰ですか……?」


「……は? えっ!? なんでセーラちゃんがここに!?」



南雲が知らないうちに隣に住み着いていたのは配信者であり謎外国人、夜咲星空よざきせいらことSarah・Clevelandセーラ・クリーブランドだった。



***


10月下旬のマンション8階で立ち話するのは寒いので南雲は渋々とセーラを部屋に招き入れた。



「こ、ここがリリィちゃんの部屋……! 今度から自由に入っていいって事ですか!?」


「いいわけないよね? どういう思考回路でその結論に至ったの?」



とりあえずリビングに案内して椅子に座らせる。

そして東堂に対しての自己紹介を促した。



「セーラです。リリィちゃんのファンです」


返答をしようと思った東堂だが隣に座る南雲に小声で確認を取る。


「(小声)ゆ、ゆーちゃん。この人ってゆーちゃんの本名とか教えていい人?」


「大丈夫。いや、大丈夫じゃないけど、もうどうせバレてるし」


「ど、どうも。ゆーちゃんの幼馴染の東堂明里です。よろしくお願いします」



どうみても年上のセーラに東堂がペコリと頭を下げると、セーラも丁寧に頭を下げる。


(十河さんよりはまともな厄介ファン……なのかな?)


まともな『厄介ファン』という謎の表現だったが、たしかにセーラには現状とくに奇行に走る様子等はない。



「えーと。セーラさんはゆーちゃんのどういったお知り合いなんですか?」


「配信業の師匠であり、推しです!」


「あ、もしかして配信者だったんですか?」


「はい! 今は副業としてですが……」



南雲の記憶では大会の練習の際にもセーラが別の仕事をしていたというのは聞いたことが無い。



「……副業? セーラちゃんって他に仕事してたの?」


「はい! 今はリリィちゃんの下着撮影が本業です! セーラの天職です!」


「セーラちゃん。日本にそんな職業はないの。あと、セーラちゃんの天職は檻の中で臭い飯を食べるお仕事かな」


(あっ……この人も普通に厄介ファンだ……)



彼女は南雲が登校している間、自撮り棒を使って日常的に南雲のベランダを撮影しているらしい。

ひとしきりセーラがヤバい人間だと分かったところで、聞きたい事は山ほどある南雲であったが今日のところはお引き取り願うことにした。



「まぁセーラちゃんには別途また話を伺うよ。とりあえず今日は帰って。あーちゃんとデートするから」


「じゃあセーラもリリィちゃんとデートします!」


「じゃあ、じゃないんだよ。はい、君の家はあっち」



駄々を捏ねて抵抗する大きなお友達を南雲は家から叩き出した。



「ふぅ……ごめんね、あーちゃん。まさかあんなストーカーが隣に住んでるなんて思ってなくて」


「いや、僕は大丈夫だけど……ゆーちゃんこそ気を付けてね?」


「これでゆっくりイチャイチャできるね!」



――ドンッ!!



子気味いい壁ドンが聞こえてくる。

どういう方法を取ったのか分からないが部屋の音は盗聴されているらしい。


東堂に抱き着いたまま青筋を浮かべた南雲。

放置するとウザい事この上ないので仕方なく隣の部屋へと訪問する。



「ようこそ! リリィちゃん!」


「……どうしたら静かにしてくれる?」


「セーラも一緒にデートしたいです! 座敷童ざしきわらしだと思ってくれていいので!」


「いや、無理あるでしょ。そもそも座敷童とはデートをしない」


「ゆ、ゆーちゃん。もう今日のところはセーラさんと一緒に過ごさない? セーラさんにはゆーちゃんに迷惑掛けない事を約束してもらって」


「東堂さん……あなたは話の分かる人ですね! 絶対に迷惑掛けません!」


「いや、居るだけで迷惑なんだけど。自分ん家でおとなしく出来ないの?」



妥協案を受け入れる気はない南雲はセーラのデート介入を断固拒否した。



「……わかりました。東堂さんとデート楽しんで下さい……」


しょんぼりするセーラは肩を落とし諦める。


「セーラは寂しいので丸井さんを呼んで部屋でパーティーをします……ご迷惑お掛けしました」


「……ちょっと待ってッ! そいつを呼ぶのだけはマズい! もー! 分かったよ、今日だけだからね!」



まだ自宅バレしてないであろうメンヘラサイコそいつパスを呼ばれることだけは絶対に回避しなければならない。


つまり南雲は結局、妥協案を受け入れざるを得なかった。



「安心してください! セーラは丸井さんとは違う系統なので3Pとかでも全然OKです!」


「いや、おんなじ系統だね。自分の頭の中で勝手に関係が進展してるあたりもそっくりだよ」


「3P? ゆーちゃん、3Pってなに? どういう意味……?」


「スリーポイントシュートの略だよ。セーラちゃんバスケ得意なんだってさ」



こうして、2人のお家デートには丸井月まるいるなの亜種、セーラ・クリーブランドが介入する事となった。



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