第108話 恋バナ side 北条 茉希


家事を一通り終わらせた俺は東堂とのデート(なのか?)の支度をする。

そこから美保に捕まる訳だが……


美保がゴネる事を想定して早めに準備しておいて良かった。

案の定ゴネたが想定の範囲内だったので家を出る時間は予定通りだ。


待ち合わせ場所につくと東堂が先に待っていた。



「よ。待たせたな」


「いや。僕もさっきついたところだよ」


何故かデートの定型文を使う東堂をジト目で睨む。


「まぁいいや、結局今日は何する予定なんだ?」


「そうだね。僕は北条に聞きたい事がいくつかあるからゆっくりお茶でもしようかなって」


「なるほどな。まぁ無難じゃねぇの? 案内は頼むわ」


「手でも繋ぐかい?」



自然な所作で東堂が手を差し出す。

ホンマ、こいつ……そういうとこやぞ。


俺の場合はこいつに対して色恋のうんぬんよりも恐怖を感じるので身を離す。



「あ、お客さま。それ以上近づかないで下さい。ラブコメ女の祟りが怖いんで」


「もちろん冗談だけど……祟りって……」



先導を始めた東堂と微妙に離れてついていく。

おそらく、それは今のこいつと俺の距離感を表していた。



***


辿り着いた場所はこれまた良く見つけたなという辺鄙な所にある喫茶店だった。



「落ち着いて話出来そうでしょ?」


「ふーん。こういうとこにいつも女連れ込んでのか」


「言い方! ……それはたまには連れてくるけども」



東堂が店の扉を開けると落ち着いた雰囲気の中、客がまばらに座っていた。

……まぁ、つまり。お世辞にも繁盛はしてるとは言えないってことだ。


店員かマスターがやってきて席に案内をしてくれた。



「君は来る度に違う女の子を連れてくるねぇ……」


「ほい。言い訳どうぞ」


「と、友達がたくさんいるんです!」


「その割にはいつもペアでしか来ないような……まぁ、いいや。ゆっくりしていってねー」



これと言って特にツッコミどころも無いので俺は席に座ってメニュー表を見る。

相変わらずこいつはメニューを全部覚えているのかメニュー表は見なかった。



「ここは何がおススメなんだ?」


「うん? 飲めるならコーヒーがおススメだよ」


「ん。じゃあそれにするわ」



東堂は慣れた所作で俺の分までコーヒーを頼む。

注文が少ないのか俺たちの注文のコーヒーは割とすぐにやってきた。



「ここのコーヒーおいしいから飲んでみてよ。あ、そうだ……」


「ふーん。じゃあ一口」


俺がコーヒーを口に含んだ瞬間――



「北条ってゆーちゃんの事好きなの?」



――ブフッ!!



「ゴホッ! ゴッホ!! てめぇタイミング考えろ!! ウケ狙ってんのか!?」


「ご、ごめん。で、でも美味しいでしょ? ここのコーヒー!」


「味なんて分かる訳ねぇだろ! 全部飛んだわ!」



予想もしない言葉に俺はコーヒーを噴き出した。

舌あっつ……。マジでこいつに惚れる女の気が知れない。


……いやまぁ、今からそのこいつに惚れてる女の話をしないと行けねぇんだけどさ。


俺は落ち着く為にコーヒーを一口飲む。

たしかに美味い。こんな状況じゃなきゃもっと美味いんだろうな。



「で……どうなの?」


「……どっちの話?」


「ゆーちゃん」



「好きだよ」



「そっか……」



お互いが短く言葉を交わす。

東堂が黙ったので俺から質問する事にした。



「どうして気づいたんだ?」


「北条の妹って凄い北条の事好きだよね?」



あぁ。そういう事か。

俺は全てを聞く前になんとなく察した。



「まぁ……重度なシスコンだよな」


「その妹さんがゆーちゃんに対して異常に嫌悪感を示してたのが一つ。お風呂での一件や、他にも麗奈との対応の差とか……?」



勘ぐられていたのは気づいていた。知りたかったのはそのきっかけ。

それと……



「そうか。南雲は……アイツは気づきそうか?」


「多分気づいてないし、気づかないと思うよ」


「なら問題ない」


「いいの?」


「いいんだよ」



南雲が気づかないならそれでいい。


俺はまた一口、コーヒーを飲む。

ここのコーヒーは口をつける度に味が薄くなっていくように感じる。



「つか、お前さ……もっと段取りってもんがあんだろ。なんでのっけからそんな話持ってくんだよ」


「い、いや……聞きたい事がたくさんあったからさ。話が逸れる前に本題から入ってみたんだけど……」


「この後の空気どうすんだよ……」


「女子っぽく恋バナに花でも咲かす?」


「咲くわけねぇだろボケ」



なんで『好きなヤツの好きなヤツ』とそんな話しないといけねぇんだよ。

拷問だろ。



「どこが好きなの?」


「…………」


俺は目を反らす。無視だ。無視。


「あれ? 聞き取り辛かったかな? どこが好きなの?」


「聞こえてねぇわけねぇだろ! 敢えて無視したんだよ!」


「別にゆーちゃんに言うワケじゃないんだから……北条も話せる相手が居た方が気が楽じゃない?」



確かに気は楽だし、吐き出したい思いはある。

でも、それが東堂ってのがなぁ……。



「はぁ……まぁいいか。普通に可愛いだろ。そんで健気」


「……それだけ?」


「じゃあお前は西宮のどこが好きなんだ?」


「えーと。美人で…………美人なとこ」


「お前の方が少ないけど大丈夫そ?」



別に好きなヤツの好きな所なんてたくさん説明する必要なんてないだろ。


ポンコツなとこも、病的な程に一途なとこも。

俺は南雲のネガティブ面ですら可愛く思えてしまう。


好きになるっていうのは、そいつの悪いとこ含めても結局は好きってことなんだから。



「あ、あれ……麗奈のいいとこ……いいとこ」


「くくッ……! 必死に探すのは痛々しいわ。あるだろ、乳がデカいとか」


「い、いや! 流石に身体目当てでは……! でも、ほら……!」



東堂が俺と視線を交わす。



「恋バナ。花咲いたよ?」


「たしかに?」



意外と話したら楽になるもんだな。

これなら多少はコーヒーを味わえるかもしれない。


こうして、俺は東堂と他愛のない雑談を続けた――



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