第99話 伝わらないとただのメンヘラ
昼前に自宅に戻った北条を妹・美保がダッシュでお迎えする。
というか、飛びついて抱き着く。
「姉貴っ! やっと帰って来た! これで姉成分を補充出来る!」
「ただいま。禁断症状出るならその成分を摂取するのやめた方が良いぞ」
姉の胸に顔を埋めた美保は肺一杯に空気を吸い込み姉成分をキメる。
「……なんかアタシの知ってる姉貴の匂いじゃない」
「そりゃ人ん家泊ってるからな」
北条がリビングに移動しようとすると、なんだかんだ言いながらも美保は後ろから抱き着いて摂取を続けた。
「おー、お帰り茉希ー。楽しんできたかー」
リビングでは母・瑠美が北条を迎え入れる。
彼女は洗濯をすると見せかけて実際は何もしておらず、けど『努力はしました。』という雰囲気を醸し出す高等プレイをしていた。
「ん、ただいま。いいよ、お袋。洗濯は俺がやるから」
「ったく……帰って来たばかりの姉貴にやらせんなよな。フリだけしやがって」
「何だと、美保? アンタはフリすらしないじゃん? やんのか?」
「あー、あー。もう分かったから。喧嘩はすんなよ……」
北条は一旦自室に荷物を置いてすぐに洗濯に取り掛かる。
その間ずっと美保が取り憑いたままだが、なんだかんだで北条も振り払わない。
「姉貴! 今日は今から一緒に何する?」
「いや、洗濯だろ。つか多少家事をしたら俺は午後からバイトあるぞ」
「は……? 日本社会終わってね? つか、姉貴忙しすぎな」
「別に家事は嫌いじゃねぇよ。お袋も美保も喜んでくれるからな」
「あ、姉貴ッ! ……しゅき」
「くぅーッ!! なんて出来た娘……! それ比べて後ろの悪霊は……」
「うん…………とはいえ、君ら散らかしすぎ」
とても北条を尊敬しているとは思えない家の惨状に頭を抱える。
キッチンへと行けば、皿に盛ったまま放置されたさきイカ、料理を途中で放棄してそのままの鍋、シンクに置いてある牛丼チェーン店の容器。
北条は家に居た2人の昨晩の様子が容易に想像出来た。
気合を入れ直し、腕まくりをして片付けながら昼ごはんも作り始める。
さきイカを使ったきゅうりの和え物と、途中で放棄された料理……は危険だったので片付けてチャーハンとスープを調理した。
そして、3人でテレビを見ながら昼食を取る。
「へー、今日は中秋の名月か。天気もいいみたいだし、たまにはお月見でもするか?」
「いいじゃん! 1年に1回くらいはお袋も良い事言うんだな。姉貴、バイト帰りにお団子買って来てー!」
「ん。わかった。適当に買ってくるわ。20時くらいには帰ってこれると思う」
「美保……アンタ、団子くらいは自分で買いに行きなよ。どうせやる事ないんだろ?」
「じゃあ、お袋車出せよ。一緒に買い出し行って……その後、残った家事はアタシらでやろうぜ!」
「助かるけど……帰ってきて仕事が増えてない事を祈るわ」
こうしてまったりとした北条家の時間は過ぎ、夜が訪れる。
***
北条が帰宅すると、案の定干しっぱなしの洗濯物と、出しっぱなしの掃除用具を片付けするところから始まる。
その後、昼食を作る合間に用意した簡単な料理を温めて晩御飯を済ませた。
北条が晩御飯の片付けをしている間、2人はベランダにバイプ椅子と折りたたみの机を設置した後、餅やらつまみやらを用意して北条を待つ。
「おー、茉希。おつかれー」
「あぁ。お、ホントに月が綺麗だな」
「……『死んでもいいわ』」
「み、美保!? どうした急に?」
「美保。アンタ、友達少ないんだから辛い事あるなら私に相談しな?」
「ちっげぇよ!! 『月が綺麗ですね』の返しに決まってんだろうが!!」
「「 ??? 」」
姉に対して宛てたの文学的な返しはただのメンヘラ扱いを受ける。
「まぁいいや。自殺志願者は置いといて、ほら見な茉希! 餅みたいなアイス買ってきた!」
「トルコアイスじゃねぇか……普通に団子買って来いよ……」
これにより今宵、北条家ではお月見トルコアイスで団欒する事になった。
「くぅー!! トルコアイスも意外とビールに合うな!」
「てか、お袋。買い物の時も謎だったんだけど、なんで節分豆買ったんだよ」
さらに、瑠美が付け合わせに選んだつまみはまさかの『節分豆(煎り大豆)』。
「え? なんでって美保……そりゃ、お前。和風っぽいからだろ。しかも、これまたビールに合うんだわ!」
「もうビールが万能調味料じゃねぇか。あんま飲みすぎんなよ……明日は仕事なんだから」
「つーか、和風意識すんならトルコアイスの時点でコンセプト終わってね?」
のんびりと月を見ながらゆったりと時間は過ぎていった。
***
……と、言いつつも。
「うぅっ! 茉希っ……明日、仕事行きたくないよぉ! だらしない母親でごべぇんんん!!」
「あ。そういえば姉貴! まだお泊り会の話聞いてねぇ! 南雲と何も無かっただろうな!?」
「……だる」
ゆったりしていたのは最初だけですぐに2人はめんどくさい人たちと化した。
これが、北条家である。
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