第94話 俺の嫁
南雲の惨状を見た3人と進める恐怖の『真理子パーティー』。
ムーンを取得するまでの工程はもはや茶番であった。
初動のアドバンテージをキープしながら2番目のムーンを取ったのは東堂だった。
「や、やったー」
「「「…………」」」
「どうぞ。お引き下さい」
もはや楽しむ余裕のない3人は東堂がカードを引くのを固唾を飲んで見守った。
「こ……これはぁ……非公開の方がいいかな……?」
「そんなにヤバいのか? 自分の奴かと思うと震えが止まんねぇわ……」
「でも、あーちゃんだけはもうその秘密を知ってるんだよ……?」
「そうよ、ここは女らしく公表しなさい」
「……いいんだね? 麗奈?」
「よ、よし。次はワタシのターンね。サイコロを回すわよ」
「おい、セコいぞ」
「よーし! 西宮さんの奴なら公表しよ!」
「まぁ、小さい頃なら誰しもって感じだから……」
ゆっくりと東堂が捲った写真には、
洗濯物を干そうとする五味渕のズボンの裾を可愛らしい少女が泣きながら引っ張っている写真だった。
尚、五味渕の顔は昇天しており、お見せ出来ない状態になっている。
「え、これ西宮か? へー。普通に可愛らしいじゃん」
「……? こ、これって……まさか……五味渕!!」
「写真の端の五味渕さん気になるけど……いいよね、西宮さんは幼少期の写真で済んで」
「いくつくらいの麗奈なの?」
「6才頃ですね。この日、お嬢様はおねしょをしてしまって……」
「ゴミ渕!!」
「えっ? あー、もしかして……この五味渕さんが持っているのって……」
よく見ると五味渕が持っている洗濯物はベッドのシーツだった。
「そのー……西宮さんは結構してたんだ? おねしょ……」
「し、してないわよ! この日はちょっと不幸が重なっただけよ!」
「ま、まぁほら、昔の事だしな? 正直に話そ?」
「この日、お嬢様は染みの出来たシーツを隠そうとしてました。なので私はその一部始終を確認してからシーツの回収を行いました」
「かわいそうだよ……」 「さいてー……」 「ゴミじゃん」
当然、五味渕には非難の声が上がる。
しかし東堂は顔を赤くしてプルプルと震える西宮を見て、申し訳ない気持ちはありながらもグッと来ていた。
「ご、ごめん麗奈! てっきり僕は泣いてるだけの写真かと思って……」
「……いいわ。自分の写真が引かれた時の事を考えて震えて待ちなさい……」
こうして憎しみは次の憎しみを生んでいく。
ゲームが再開して、今度は南雲がムーンを取得した。
南雲は引いた写真を見て即公開する。
「説明よろ」
――それは西宮の制服を着た東堂が緊縛されている写真だった。
短い言葉で説明を要求する南雲からは圧が出ていた。
「何これ東堂……どういう状況なん?」
「ゆ、ゆーちゃん! これには深いワケが……」
「そ、そうよ! これは誕生日会の話で……ま、まずは怒りを鎮めなさい!」
「え? 全然怒ってないけど? というか、ふつー誕生日会でこんな事起こらないよね?」
おっしゃるとおりである。
首の角度をおかしな方向に曲げながら東堂と西宮に話を伺う南雲。
怒っている人間が言う『怒ってないよ』ほど怖いものはない。
その後、南雲の怒りを鎮める為にした回りくどい説明に大分時間が掛かった。
そして、数々の暴露を乗り越えて辿り着いたゲーム終盤。
最下位の西宮がムーンの手前まで来ている。
しかし仮にいまムーンを取得しようと、西宮の順位は変わらない。
それでも憎しみの連鎖は彼女を突き動かす。
「れ、麗奈……もうゲームも終わるんだからそれを取る必要は……」
「黙りなさい。あなたが始めた物語よ」
憎し宮が五味渕からドローした写真。
それは写真と言うより、謎の文章が記載された書物の切り抜きだった。
「なんだろこれー。文章だね。俺の嫁……?」
「ッシャ!! オラァァァァッ!! セイィィィッ!!」
飛び込んできた北条が写真を投げ捨てる。
「ちょっとやめなさい。往生際が悪いわよ。ここまでどれだけの人間の血が流れたと思っているの」
情け容赦のない極悪忍者の五味渕はすぐにスペアの写真3枚を北条以外に配る。
それは小学生だった頃の北条茉希が卒業文集で理想の嫁について語る黒歴史だった。
内容を要約すると、
[俺の嫁の条件]
・乳がデカい女
・金持ちの女
・おもしれー女
「え? もしかして……私……?」
「うるせぇ黙れ殺すぞ。しねしねしねしねしね。てか、しぬ」
言語中枢までイカれた北条はヘラった。
「しっかり者の茉希ちゃんにもこんな時代が……」
「もし北条が今の容姿でこの頃の性格だったら普通にクズなのでは……?」
「大丈夫。それでもこのヒモ女の事は一生私が支えるわ」
冗談とは言え東堂はちょっぴり北条に嫉妬するが、当の北条は感情のコントロールを失ってそれどころでは無かった。
阿鼻叫喚の『真理子パーティー』は終わり、まさに死屍累々の様相を呈する。
1位 西宮からの信頼を失った『東堂』
2位 感情の制御を失った『北条』
3位 目から
4位 尊厳を失った『西宮』
当初の予定通り1位の東堂から順に左から並んでベッドにつくのだが、既に順番などどうでも良く全員目が虚ろだった。
そこには『お泊り会と言えば恋バナでしょ!?』みたいな軽いノリは一切ない。
「ちょっと早いけど今日はもう寝ましょうか……」
「そうだねー……一応文化祭もあったしねー」
現在の時間は0時を跨ぐ前で、お泊り会で寝るには少し早い気もするが精神疲労も感じる4人は就寝をする事にした。
「今夜あった事は全員忘れようぜ」
「そ、そうだね! 明日はまた僕たち仲良し4人組だねっ!」
就寝前、東堂の悲しい仲良し宣言だけが寝室をこだました。
***
約12時間の時差がある南アメリカで理恵は娘たちの就寝を16面モニターで見守る。
そこで五味渕から連絡が入った。
『いかがでしたか、理恵様』
「上出来よ五味渕。北条茉希さん……彼女もとんでもない正妻指数の持ち主ね……」
『過去にはお嬢様を自宅に泊めて手料理まで振る舞っているので大分脈アリかと』
「つまりは彼女も実質麗奈ガチ恋勢と……」
東堂を上回るかもしれない潜在能力を秘める北条に理恵は下を巻く。
「五味渕。もう一つくらい判断材料が欲しいわ」
『はい。既に手は打ってありますので、あと2時間ほどお待ち下さい』
「ほう……てっきり朝に何か仕掛けると思ったのだけど、流石に仕事が早いわね」
こうして正妻ダービー第3弾が始まる予定だったのだが、
――ここで五味渕はとんでもない計算ミスを犯す。
この計算ミスにより深夜、未曽有の大事件が起きてしまうのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます