第77話 天啓はエビ反りと共に side 百合 聡美


文化祭の準備期間中、

私は1-Aの4人が参加する丸井コレクションの準備を手伝いながら、千堂先生と万里先生とは教師側の出し物を考えていた。


補習の時と同様、若い先生で何か主催してくれという漠然とした要望に私たちは頭を悩ませる。

放課後の保健室で時間だけが過ぎていった。



「……やっぱり無難なのは飲食系の提供でしょうか? クッキーとかなら簡単に作れますし……」


私が提案をすると千堂先生が意見を出す。


「しかし、当日私と百合先生はクラスの監督があります。そうなると……」


千堂先生がチラリと万里先生に視線を移す。


「ふむふむ。私も当日は保健室から離れられないからね。保健室で売ろうか」


「ば、万里先生、それはちょっと……」



保健室でクッキーを売るという怪しいビジネスに私は難色を示す。

私たちはそれぞれが自分の持ち場がある以上、長時間そこから離れる事が出来ない。



「あまり自信はありませんが……20~30分で簡単に出来る事と言ったら体育館の出し物でコントでもやりましょうか……?」


「百合先生……! 試しに私にツッコミ入れて貰えますか!」


「えっ……! じゃ、じゃあ……なんでやねーん!」


「ッ!!」



私がぺしっ、と千堂先生の胸を叩くとエビ反りになって椅子から転げ落ちた。



「せ、千堂先生っ!? わ、私、力加減間違えちゃいましたか!? 万里先生! 診て貰えますか!」


「うん、ダメみたい。もう手遅れだね」



ヨロヨロと立ち上がる千堂先生を見て、私はホッと息を吐く。



「……天啓が降りました」


「あ、あの。それよりお体大丈夫ですか……? 背中ピーンってなってましたけど……?」


「丸井コレクションに出ましょう。百合先生が」


「君は…………天才か? 出よう。聡美ちゃん!」


「ええっ!? 私ですか!?」



まさかあの4人と同様、私達も丸井コレクションに参加するという発想は無かった。

それに……



「出演するの私で良いんですか……? その……私ってその……他の人より……」



――幼女体型。



私は身長も低ければ胸も小さい。

顔立ちも幼いと良く言われるし、お世辞にもファッションショーに向いているとは思えなかった。


対して私の前に座る二人はと言うと。


千堂先生は長身でスレンダーで、生徒たちからはちょっとアウトロー風な所がカッコいいと言われていた。

……教師としては褒め言葉では無いかもだけど。


万里先生はグラマラスな体型で、生徒達からはえっ……エッチなお姉さんと言われていた。

……万里先生はそういう事はしない人だけど!



「やっぱり、お二人の方が適任かと思うんですけど……」


「いえ。私は断然、百合先生推しです」


「聡美ちゃんしか勝たん」


「その……じゃあ私、頑張ります!」



自分のスタイルには自信がないけど二人が私の背中を押してくれるなら頑張ろうと思えた。



「どんな服にしましょうか?」


「あぁー。そうだそれなら……」



万里先生がゴソゴソと保健室の棚を探ると……何故かナースのコスプレ衣装が出てきた。



「これは……何故保健室から?」


「昔、生徒が置いて行ったものだね。安心して使?」



使う……? 着ると言い間違えたのかな?

とりあえず、ベッドの方へ向かいカーテンを閉めて着替えてみた。



「ど、どうでしょうか?」


「ひゃ、百合先生! 写真撮っていいですか!?」


「え、あの、別に大丈夫ですけど……」


カシャシャシャと連写で撮りまくる千堂先生。


「……聡美ちゃん。この聴診器で私の診察をして欲しい!」


「おい、色情狂」


「ええ!? 私、聴診器なんて使った事無いですよ?」


「大丈夫、おままごとのノリで良いから……!」



自身の服を捲ろうとした万里先生が千堂先生から怒られていた。

借りた聴診器を服の上から恐る恐ると万里先生の胸に当てると、万里先生はエビ反りになって椅子から転げ落ちた。



「ば、万里先生っ!? え、聴診器ってこんな感じなんですか!? 千堂先生! どうしましょう?」


「放っておきましょう」



ヨロヨロと立ち上がる万里先生を見て、私はホッと息を吐く。



「……天啓を受けたよ」


「あ、あの。それよりお体は……」


「ウエディングドレスだ」


「万里先生…………天才ですか? 行きましょう。結婚式場」


「ええっ!? コスプレじゃないんですか!? 本物は高いですよ!?」


「いやいや。聡美ちゃんが私の買ったウエディングドレスを来てくれるなら安いもんだよ」


「買うんですか!? レンタルですらない!?」



ちょっと二人の金銭感覚が分からなくなってしまったが、結局私の提案でコスプレ衣装を手直しして作成する事になった。



「なんだか悪いね。全部聡美ちゃんが作業する事になってしまって」


「いえいえ! お裁縫は得意ですから任せて下さい!」


「金銭面は任せて下さい。私の事はATMのように思っていただければ幸いです」


「幸い……? ごめんさない、ちょっとよく分からないです」



こうして私達教師陣の出し物も無事決まり、丸井コレクションに参加する事になったのだが……



***


「ごめんなさい。お二人のご期待に沿えず」


投票結果で2位となった私は千堂先生と万里先生に頭を下げる。


「いえいえ、そんな! 百合先生は悪くないです! 悪いのは投票者です」


「聡美ちゃんは私の中では1番だよ」


「お二人とも……ありがとうございます!」



私は2の温かい言葉に胸が熱くなる思い出だった。


……ん? 2人?



「……あの、こんな時に言うのもなんですけど。万里先生は何故ここに?」


「あぁ。やっぱり聡美ちゃんの勇姿は生で見たいと思ってね」


「えーと……じゃあ保健室は?」


「うん。なんか心優しい少女に留守番を頼んだよ」


「ええっ!? マズいですよ! 早く戻ってあげましょう!」



この時の私はまだ知らない。

この留守番が一人の少女の未来を大きく変えてしまったという事を――



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