第75話 2人目の犠牲者


丸井コレクションに備えて前半シフト組を迎えに行った西宮と北条。

1-Aでは東堂とエプロンドレスから着替え終わった南雲が待っていた。



「待たせたわね。勤労体験はどうだったかしら?」


「開店から厄介客に絡まれて最悪だったよー!」


「はぁ? のっけからそんな変な客来たのかよ。どう対応したんだ?」


「そうだね……その、なんというか……最終的には僕が保健室に運んだよ」


「あぁ、あのと……」



『保健室』というワードに反応した西宮が口を滑らせる。

二人で保健室に居た事がバレるとその理由を聞かれかねない。

お化けの事とか。不貞行為の事とか。


北条が鋭い眼光で西宮を睨みつけるとハッっと気づいた。



「……あのとー、あの鳥は何て名前なのかしら?」


「え……? 西宮さんスズメ知らないの?」


「???」



南雲は誤魔化せたものの東堂には若干怪しまれている。



「ヨシ! た、立ち話もなんだし体育館行こうぜ!」


例のネコのような指差し呼称を実施しながら北条が歩き出す。


「……ちなみに、北条と麗奈は何処に行ってたんだい?」


「あぁ、俺ら? えーと……脱出ゲームとおば……」



NGワードを出しかけた北条に対して西宮が視線を送る。

店の名前くらいは大丈夫だと思っていた北条が急いで軌道修正をする。



「おばー……おばあちゃんに道案内してた!!」


「ええ!? 茉希ちゃんえらーい! 自由時間に人助けしてたなんて!」


「…………」



もはや連想ゲームである。

尚、東堂は激烈怪しんでいた。

そこで偶然通り過ぎた脱出ゲームの出店で、


『1位 北条&西宮 脱出タイム:3分40秒』


という、掲示板を見つけてしまった東堂。



「……約2時間もおばあちゃんの道案内してたの?」


「ご、5人の迷えるおばあちゃんを救ったのよ」


「5人も!? 丸女の文化祭って、結構おばあちゃん来てるんだねー!」


「よ、ヨシ! 体育館、体育館!」



完全に盛りすぎた西宮の発言で東堂が抱いた疑惑は確信に変わった。

追及をやめた東堂は2人に聞こえないように北条の耳元でそっと囁く。



「…………また後で話、聞かせてくれるかい?」


北条の指差呼称する指は震えていた。



***


今回の丸井コレクションの参加者は総勢30名。

出演の際は北側の舞台袖と、南側の舞台袖から交互に出るシステムを採用しているので、準備室も北と南で2つに分かれていた。


南側準備室に到着した西宮の着替えとメイクを3人が手伝う。

準備室にはコスプレだったり、前衛的なファッションだったりと多種多様な参加者が居た。


その中で西宮の順番は30番。つまりは大トリである。

そんな彼女は緊張――


ではなく、集中をしていた。


「……ここまであなた達は私の為によく頑張ってくれたわ。だから、今度は私が頑張る番よ」


全ての準備が終わった西宮はスッと立ち上がる。



「あなた達が作り上げた最強の私を見せてあげるわ」



美しい動作で舞台袖まで歩くその姿は、さっきまでおばあちゃんトークを盛っていた彼女とはもはや別人だった。



***


大盛況の丸井コレクションは現在28番の前衛的ファッションの女子生徒が南側の舞台袖から出たところだった。

幾つかポーズを取った後、北側の舞台袖に歩いて行く。


ランウェイを歩く際、短い時間ならパフォーマンスが許されているので各参加者はそこで自身の色を出している。


そして、北側舞台袖から出てきた29番。



――まさかの百合聡美ひゃくあさとみであった。



テーマは『純白の花嫁』


純白のウェディングドレスに身を包む彼女は清楚というよりは可憐で、はにかんだ笑顔を浮かべていた。

幼女体型の彼女がトコトコとランウェイを歩くと大歓声が上がる。


「かーわーいーいー!!」

「え!? どこの生徒? 何年生?」

「聡美ちゃんしか勝たん!!」

「百合先生……あ。あれ私の嫁です」


若干変な客も混じっていた。


折り返し地点まで到達した百合が観客に背を向けて止まる。

そして少し振りかぶった後にブーケを投げると、これまた大歓声が上がった。

最後に少しだけ振り返って笑顔を見せた百合に観客は魅了されていた。


会場の熱は最高潮でやりにくいはずの西宮だったが、今は自分の番にだけ集中して役にのめり込んでいる。

南側の舞台袖に帰ってきた百合とすれ違う際も西宮は軽く会釈だけした。



――そして遂に30番。



深く、呼吸をした西宮が舞台袖から出ると会場の熱は一気に冷める。


その婉麗な姿に会場の誰もが息を呑んだからだ。


テーマは『黒衣の悪役令嬢』


正面に軽く手を組み、目を瞑りながら優雅に歩く。

静まり返った会場にはコツコツと床を鳴らす音だけが響いた。


折り返し地点についた彼女は常闇を纏った黒いドレスを摘まむと、頭を少しだけ下げて一礼をした。


取り出した扇子を開き口元を隠しながら横髪を耳に掛ける。

そして、ゆっくりと瞼を開き、凍てつくような瞳で観客を睥睨した。


観客はまるで彼女に心臓を掴まれたかのように瞠目する。


その後、扇子を畳んだ彼女は観客を蔑むように一瞥してから身を翻す。

再び舞台袖に向かって歩き出す頃には悲鳴のような大歓声が上がっていた。



「キャーーーーーーッ!!」

「え!? 誰!? 丸女にあんな生徒居たっけ?」

「えへへ……あれ。僕の嫁です」

「違うよね? あーちゃん?」

「やっぱアイツ演技力はすげーな」


完璧な悪役令嬢を演じた西宮の背中には大絶賛と大喝采が浴びせられた。


***


こうして終わった丸井コレクション。

1位と2位に大量の票が集まったが結果は僅差で西宮が優勝となった。


丸井コレクションは校内のタブレット端末で視聴が出来たのだが、その生放送を保健室で震えながら見ていた人物が居た。


「か、完璧過ぎますわ……あれこそわたくしが求めていた、お姉様……!!」



一目惚れ2号である。



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