第74話 なんと、この屋敷『出ます』


北条は西宮を連れてお化け屋敷へと向かう。

異常に歩みの遅い西宮は既に憑りつかれているのかもしれない。


そんな冗談はさて置き、この2年生が提供しているお化け屋敷、なんと3クラス合同での出し物で相当に気合が入っている。

隣の教室と繋がっているバルコニーをトタン板で囲って繋いだ超大作だ。


割ける人員も多かった為、怖さとボリュームが同時に保障された安心の設計となっている。

ちなみに3クラスのまとめ役を押し付けられた千堂陽子が放置に放置を重ねた結果、明らかにラインを越えている点にも目が離せない。



二人がお化け屋敷の並びに辿り着くとその盛況ぶりが窺えた。

脱出ゲームの時と同様に、並んでいる最中にすれ違った二人組の会話が聞こえてくる。



「めっちゃくちゃ怖かったね! 夢に出てきそう……」


「一人で入ったら途中でギブアップしてたかもー!」



その言葉が耳に入った西宮が北条に揺さぶりを掛ける。



「……だだだ、そうよ? 夜中一人でトイレに行けなくなる前に止めておいた方が身の為よ?」


「ふーん。お前はそういう経験あんの?」


「あ、あるわけないじゃない。お化けが怖いなんて、あなた私たちはいくつだと思ってるの?」


「じゃあ二人とも大丈夫か。俺もホラーとかは平気だから」


「…………」



西宮は顔に悲壮感を滲みだしながら北条の腕を引く。



「……まぁ安心しろって。さっきの脱出ゲームだって大したことなかったろ? お化け屋敷も学生クオリティだろうよ」


それでも震える西宮を見て北条は腕を貸す。


「なんだったら俺に抱き着いても良いぞ。それだったら行けるだろ?」


「そ、それなら……」



西宮は何故か腕を差し出す北条の背後に回った。



「……行きましょう」


「おい」



――羽交い絞めである。



恥も外聞も無い西宮は一番防御力重視の構えを選択した。



「こんなん入ってきたらお化けもびっくりだろ」


「退魔の金髪ヤンキーバリアよ」


「腕を回すならせめて腰にしてくれ」



受け付けの生徒は入口付近でイチャイチャする二人を暖かな目で見た後にお化け屋敷に叩き込んだ。

結局、北条の右腕を自身の胸の間にガッチリホールドのスタイルで進行する事にした西宮。



「いい? 絶対に手を離さないで」


「いや、お前が俺の腕を抱いてるから俺はお前の手握れねぇんだわ」


「左手も使いなさい!」


「どんな体勢だよ!」



そんなやりとりをする西宮の肩をトントンと誰かが叩く。



「……北条さん。左手は私の手を握りなさい」


「握ってんだろ」


「……」



じゃあ誰が?と西宮は咄嗟に後ろを



――血まみれののっぺらぼうが西宮を覗き込んでいた。



「……ぁ、ぁ」


そして逃げようとした西宮は違和感を感じた足に視線を向けると、日本人形が足に抱き着いて西宮を見つめていた。


「うお!? なんじゃこりゃ。どういう仕組み?」


一方、北条はギミック面で驚いていた。


「……ぅっく……ひぐ……」


「に、西宮!?」



「ぐすっ……~~~~っ!!」




妖怪ガチ泣き宮である。



北条もまさか入口の1ギミック目で泣き出すとは思わず体の心配をする。


「お、おい!? 大丈夫か? ケガか? 足でも捻ったか?」


「怖いのもういやぁ……これ以上す、進めないぃ……」


普段とのギャップが凄まじく、北条は抱き着いてイヤイヤと首を振る西宮に若干ドキっとさせられた。


「わ、わかった。俺が悪かったから……もう外に出よう? な?」


「……ぅん」



西宮を抱いたままギブアップ用の通路から出る北条。

明るみに出ると未だぐずっている西宮がより鮮明に映し出されて気まずい気分になる。

嫌がる相手に悪ノリが過ぎた事を反省し、後悔した。



「……一応、保健室行こうぜ。そっちのが落ち着けるだろ?」


「……うん」



北条は泣いている西宮を隠すように保健室へ向かった。



***


西宮の様子を見た万里は何も言わずに一番奥のベッドを貸してくれた。

北条はカーテンを閉めて西宮をベッドに寝かせる。



「……体は? ケガとかは無いのか?」


「……ええ、大丈夫よ」


少し時間が経つと落ち着いた西宮が起き上がってヘッドボードに背中を預ける。


「調子に乗り過ぎたわ。ごめん」


「責任を取りなさい。あんなに嫌だと言ったのに」


「……あぁ。なんでもしてやるよ」



この時、場違いなのは分かっていても記憶を探る北条は心の中でツッコんでいた。


(……嫌とは言ってなくね!?)


嫌がる素振りを見せた西宮を強引に連れ出したのは反省しているが、証言が改竄されている気がしてならない。



「じゃあ、まず……」


「は? ……?」


「……何? 何か文句でもあるのかしら?」


「いや……ないっスけど……」


現状、圧倒的に立場が弱い北条が丸め込まれる。


「きょ、今日は私の家に泊りに来なさい」


「は!? 今日!? しかも、お前の家!?」



突然の申し出に頭が追いつかなくなる北条。



「……トイレ。行けなくなるって私言ったわよね?」


「お、おぅ……行けなくなるって話だったような……」


「御託はいいの! 責任は取りなさい」


「……はい、すいません。反省してます。是非、ご一緒させて下さい……」



ほんの僅かな抵抗を見せたが、いずれにせよ北条には選択権などなかった。



「あ、あと……この事はみんなには内緒にしなさい」


「ん? 家に泊る話か?」


「違うわよ! お、お化けの話! ……それと、ちょっと泣いてしまった話」


「(……ちょっと?)……あぁ。わかった。墓まで持ってくわ」



北条が秘密の共有を了承してから西宮は最後のお願いを告げる。



「……最後に一つだけ。さっきみたいに私を優しく抱いて。そうしたら元に戻るわ」


「まぁ、それくらいなら」



椅子から立ち上がった北条は謝罪の意味も込めて西宮を抱いて背中を擦る。



「西宮。ごめ――」



「すいません。ちょっと急に気を失っちゃったお客さんが居て」


「床でもいいから何処か置く場所を貸して頂けないかしら?」



よりにもよってこのタイミングで保健室に東堂が来訪する。

顔面オムライスをした十河を搬送しにやってきたのだ。


この時、北条の頭には東堂のある言葉が蘇る。


『くれぐれも間違いは起こさないように!』



(――やっべぇ!! 間違い起きてるーーーッ!!)



カーテン越しに不貞行為を働いている北条は滝のように冷や汗を流す。

気づいているのか分からない西宮を胸に抱きしめた。



「一応ベッドに寝かせておくね。これで僕は行くけど大丈夫かな?」


「はい。お手数をお掛けしました」


「いえいえ。じゃあね、杏樹ちゃん」



扉を閉める音が聞こえた後、北条は一安心する。



「なんだかいけない事をしてるみたいでドキドキしたわね」


「ヒヤヒヤだわ!」


腕から解放した西宮はいつもの西宮に戻っていた。


「もう少しだけ休んだら丸井コレクションの準備に行きましょう」


「そうだな」


「……約束、守りなさいよ」


「……ん」



窓辺を見つめるいつもの西宮の耳は僅かに赤かった。



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