第71話 ぶぶ漬け
まもなく開催される文化祭。
「前半は頼んだ。まぁ、東堂が居れば問題は無いと思うけど、なんかあったら連絡してくれ」
「ありがとう、北条。ただ……くれぐれも! くれぐれも間違いは起こさないように!」
「人間、誰しも間違える事はあるのよ」
「釘を刺すならこいつに刺しとけ」
間違いを起こす気満々の西宮を置いて北条は教室を出る。
「れ、麗奈! じゃあ、また丸井コレクションの時に!」
「ええ」
簡単に返事をして西宮は北条の後を追った。
取り残された東堂は名残りを惜しむ暇もなく、
「……あーちゃん、ちょっと相談したい事があって」
真剣な雰囲気を纏う南雲から声を掛けられた。
「どうしたのゆーちゃん?」
「ワタシの予感が正しければ……ワタシのストーカーが店に来ると思うの」
「う、うん……例のね」
南雲は前回のオフ会で通っている学校がバレた事は既に東堂に相談していた。
そして、その人物が狡猾で陰湿だとも付け加えて。
「きっと今日は店のサービスを笠に着てワタシに西宮さんみたいな事をしてくるよ!」
「麗奈をセクハラの代名詞みたいに使うのはやめようよ……」
「だからね……? お願いがあるんだけど……」
「ゆーちゃんの為に僕が出来る事なら何でもするよ」
エプロンドレスを着た南雲は上目遣いでお願いのポーズをする。
「今日一日、ワタシの彼女を演じて欲しいの!」
ラブコメ得意技『偽装カップル』である。
あわよくばを狙う
しかし、手練れの東堂もそう簡単には発展させない。
南雲に限らず他の女子からも幾度となくされてきたその提案を上手く躱し、若干笑顔を引き攣らせながら折衷案を提示した。
「冗談で付き合うなんて出来ないよ……ゆーちゃんを大切に思ってるから。だから、もし本当に厄介そうな客だったら僕がゆーちゃんを守るから!」
「あーちゃん…………しゅき♡」
一通りの茶番劇を繰り広げた所で、東堂は時間を確認した。
「じゃあ僕は調理場に戻るね、一応その人の特徴とか教えてくれるかな?」
「えーとね……いつもニヤついてて魔女みたいな女!」
「全然分からないね……」
そこでチャイムがなって文化祭は開催される。
「じゃあ、もしその人が来たら『お茶漬け』をオーダーして。そしたら僕が出るよ」
「ありがとー! じゃあ、あーちゃんもお仕事頑張ってね!」
「ゆーちゃんも」
お互い笑顔で別れ、去り際に東堂が教室の扉を開けて入口の方を確認すると、
「ま、まさかね……」
――頬を赤らめニヤついた魔女みたいな女が居た。
***
「ぜぇ……、はぁ……ま、待ちなさい十河。ここに直線ルートで来ているのは私たちだけですわ」
「それはそうだよ。校内見取り図から練った最短ルートだから」
開催のチャイムが鳴った瞬間に杏樹の手を引いてロケットスタートを切った十河は迷いなく1-Aの教室へと向かっていた。
「よく、梅雨町さんは、クラスを、おしっ、教えくれましたわね……」
「ううん。調べたんだよ。色々な方法を使って、ね?」
「…………」
闇を表出させたその笑顔はまるで魔女のようだった。
1-Aの教室に辿りつく頃には杏樹はぜぇぜぇと息を切らし、十河はハァハァと吐息を漏らしていた。
そしてゆっくりと十河が扉を開くと、
「「「――いらっしゃいませ!」」」 「……しゃいませ」
笑顔で出迎えてくれた3人の店員、そして奥にはもの凄く態度の悪い店員がいる。
杏樹は何故か一瞬で梅雨町を判別できた。
友人の話はあまり信用していなかったが、確かに美少女と言うに相応しい容姿をしていた。
無言で観察していると店員から杏樹に声が掛かる。
「あのー……お連れ様のご様子が」
ふと隣を見ると感無量といった様子で立ったまま友人が昇天していた。
「これは失礼。再起動させますわ」
杏樹がスイッチを押すように自然な所作で十河の足を踏みつける。
「はっ! 危ない、先輩の前で醜態を晒すとこだった!」
「迷惑になるから席に着きますわよ。……席に着いても迷惑でしょうけど」
「せーんぱい♡ 案内して下さい♡」
先輩をロックオンした十河が甘い声を出す。
「あなた……そんな声も出せたのね。吐き気を催しますわ」
「……こちらへどうぞ」
渋々と言った形ではあったが態度の悪い店員はしっかりと二人を案内した。
店の出口に。
「もー! なぐもっちー! 席はこっちでしょ? もしかしてお知り合いさん?」
「はいっ♡ 先輩の後輩です!」
「そんな中身の無い自己紹介初めて聞きましたわ」
「ごめんねー。なぐもっちは普段はこんな感じじゃないんだけど……」
「やだ、うそ……まさか先輩の私にしか見せない一面……?」
「どれだけポジティブなんですの……」
杏樹はここまで露骨に嫌われているのにも関わらず目をハートにしている友人のメンタルに舌を巻く。
一連のやりとりで大体の関係性を理解した。
「……南雲、さんでよろしかったかしら? とりあえず席への案内を頼めるかしら。これの手綱は出来る限りは引きますわ」
「あなたは……?」
「一応、これの友人の杏樹と申します」
「……ちなみに、杏樹ちゃんも……そっち側の人なの?」
未だ警戒度の高い梅雨町改め、南雲に意味深な質問をされる杏樹。
「そっち……? あぁ、なるほど。 私は
「ほっ……よかった。確かに、会話が成立するみたいだし一先ずは信じるよ。よろしくね、杏樹ちゃん!」
「十河……あなた普段どんな会話をしてましたの……?」
無害判定が終わった南雲は杏樹を席に案内する。
なんかついてきた付属品は視界から除外する事にした。
杏樹にメニュー表を渡し、それを二人が眺めている間に南雲は、
早々に『お茶漬け』と書いた注文票を調理場に出した――
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