第69話 這い寄る混沌


「おい、一ノ瀬! 今週の土曜日丸女の文化祭行くぞ!」


「あぅ……すいへーりーべー、しも・へいへ……」


「なんか今、スナイパー混じってなかったか?」



北条の妹の美保は唯一の友人である一ノ瀬紗弓を丸女の文化祭に誘っていた。

しかし、一ノ瀬は伝説的な狙撃手の名前を口ずさみながら壊れかけている。



「おい、一ノ瀬! 勉強なんてやめて遊びに行こうぜ!」


「あー、もう! みほっちうるさいなー! いいよね、みほっちは勉強が出来るから!」


珍しく声を荒げて苛立つ一ノ瀬。

そんな彼女の肩に手を当てて美保は優しく声を掛けた。


「一ノ瀬……いいか? 志望校が丸女なら勉強なんて必要ない。そうだろ?」


「みほっちぃ……うぅ……」



美保の温かい言葉に俯く一ノ瀬。

頬を伝う雫は感動の証のようにも見えた。



「――進級すら怪しいんだよぉーーー!! うぇーーん!!」


「え、お前マジで馬鹿じゃん」



一ノ瀬は課題テストの結果が酷すぎて泣いていた。

夏休みに美保に宿題を手伝ってもらったものの、課題テストではほぼ全教科赤点。

これには担任もニッコリ。


『……もう一年。一緒にやろっか?』


一ノ瀬はあの全てを諦めた担任の顔を一生忘れる事はないだろう。

対する美保は当然、全教科満点である。



「……ったく。しゃーねぇな。アタシが追試対策してやるから、土曜は息抜きしようぜ?」


「うん……ありがと。みほっち……」


「あ、あと……文化祭で万が一戦闘になったらその時は頼むぞ!」


「……どゆこと?」



美保は夏休み中に起きた北条と南雲の話をした。

北条が南雲に対して恋心を抱いてる可能性がある事、そして南雲の戦闘力握力70kgの事。


美保はスポーツ万能で格闘技の心得がある一ノ瀬をボディーガードとして文化祭に連れて行こうとしていた。



「えーと? その……南雲さんがみほっちに危害を加える可能性があるって事?」


「まあ、間接的にな。お前にはその抑止力になって貰う。期待してるぞ」


「にわかには信じがたいけど……その話が本当ならみほっちはボクが守るよ!」



一ノ瀬は美保から聞かされた盛りに盛られた大悪女南雲から親友を守る為に立ち上がる。



――こうして、チンピラとその子分は丸女にカチコミに行く事となった。



***


「ねぇ、杏樹! 今週の土曜日一緒に行く丸女の文化祭の話なんだけど!」


「待ちなさい」


「前日の夜から校門の前で並ぶから冷えないような格好で……」


「待て、と言ってるの。 ……何故、さも当然私も行くみたいな話になっているんですの?」



一方、こちらの後輩たちも文化祭の話をしていた。

朝一で南雲の出し物を見たい十河は友人を巻き込んで文化祭前日から並ぼうという気概を見せている。

しかし、そんな話を聞いた覚えがない杏樹は戸惑いを隠せない。



「あれ? 私、杏樹にその話してなかったけ? まぁいいか、どうせ暇でしょ?」


「はぁ……仕方ないですわね。ただし、前日からは並びませんわよ」



相変わらず面倒見の良い杏樹は今日も今日とて巻き込まれる。

狂人の類である友人を監視する為に付き合う事にした。

既に友人から2万回は聞いた梅雨町リリィの実物に関して興味があったのも大きい。



「杏樹……先輩のこと舐めてる? 当日組は顔すら拝めないよ」


「国民的アーティストか何かなのかしら」



流石に前日からは並びたくない杏樹は考えた末、友人にある指摘をする。



「あなた、前日から入浴をせずに梅雨町さんに会うつもりですの?」


「はっ……!? そうだよね……たしかにそれはマズいよね」


(ふぅ……なんとか説得でき……)


「じゃあ、簡易シャワーも用意するね」


「どこで浴びるつもりですの!? まさか丸女の前で全裸になるつもりじゃないでしょうね!?」


「先輩の為ならやむなし」



まさかの、『外で全裸シャワー』<『文化祭待機』の図式に杏樹は震撼した。


その後、杏樹は執事に頼んで解析班を使い丸女の来客数の予想を出してもらった。

前日待機が必要ない事を示してなんとか友人を説得する。



「……まったく。前途多難ですわ。当日は絶対に問題を起こさないでくださいまし」


「当たり前だよ。それに先輩に迷惑なんて絶対に掛けたくないから!」


「仮に梅雨町さんの近くに女性が居ても発狂しない?」


「声を出す前に手が出るから大丈夫」


「大問題ですわよ!」



流石の杏樹にも面倒が見切れない問題児十河。

そんな杏樹の悩みをよそに当日『打倒南雲』を掲げる美保と問題を起こさないはずもなく……



――運命の文化祭は今週の土曜日に開催される。



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